今回ご紹介するのはチェロの小品集である。こうしたCDには通常、サン=サーンスの「白鳥」、フォーレの「夢のあとに」といった有名曲が収められている。だがここに挙げた「宮田大『VOCEーフェイヴァリット・メロディー』」には、それらが一切含まれていない。代わりに目を引くのは、久石譲や坂本龍一などの日本人作曲家(しかも多くはクラシックが主軸ではない人気作曲家)の作品。これは極めてユニークな内容だ。
宮田大は、2009年に権威あるロストロポーヴィチ国際コンクールで日本人初優勝を果たして以来、第一線で活躍を続けるトップチェリスト。小澤征爾をはじめ国内外の音楽家からも高い支持を得ている。本ディスクは、そんな彼が「今届けたい名曲」を、10年以上共演している盟友的なピアニスト、ジュリアン・ジェルネと共に奏でたアルバムである。
本作には12の小品が収録されている。そのうち、純粋な西欧クラシックは、サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」のアリア「あなたの声に私の心は開く」、ドヴォルザークの歌曲「私にかまわないで」の2曲のみ。後者は有名なチェロ協奏曲に引用された作品で、これも意外に珍しい。
このほかピアソラの「リベルタンゴ」などの海外物も入ってはいるが、前記の2人に加えて、村松崇継、加羽沢美濃、菅野祐悟、吉松隆、植松伸夫の作による日本のさまざまな音楽が中心をなしている。
宮田はこれらすべてを渾身(こんしん)かつ細やかに歌い上げている。演奏面における本作の一番の注目ポイントは、チェロならではの“雄弁な歌”である。人声に最も近いといわれる楽器の特性と、人声では出せない朗々たる響きを共に生かした歌い回しは実に魅力的。加えてジェルネのピアノも美しく寄り添い、時に熱く盛り上げる。
一部例を挙げると、まず冒頭の村松崇継の「Earth」の歌心にいきなり感嘆させられる。久石譲の「Asian Dream Song」も充実の名奏。「あなたの声に私の心は開く」の表情豊かな節回しは、文字通り心に染みる。菅野祐悟の「ACT」の美感、吉松隆の「ベルベット・ワルツ」のしなやかさも印象的だし、坂本龍一の「星になった少年」も多彩で聴き応えがある。一方で、ウィーランの「リバーダンス」の後半や「リベルタンゴ」などの激しい情熱が佳(よ)きアクセントになっている。
本作にはもう一つポイントがある。それは、こうした楽曲を全力で奏でることによって、各曲が例えば「白鳥」と同じ意味を持つクラシカルな小品として提示されていること。それゆえ、チェロの新レパートリー、ひいてはチェロ音楽の新たな世界を知る喜びが味わえる。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 51からの転載】
柴田 克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。