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ラヴェルが描いたサウンド再現 【コラム 音楽の森 柴田克彦】

 近代フランス音楽の大家ラヴェルは、南西部のバスク地方の生まれということもあって、スペイン色の強い作品を複数残している。今回ご紹介するのはそれらのカップリングが妙味十分のCD。内容は歌劇「スペインの時」と「ボレロ」である。

 演奏しているのはフランソワ=グザヴィエ・ロト指揮のレ・シエクル。1971年フランス生まれのロトは、革新的なアプローチで精彩に富んだ音楽を紡ぐ、現在最も注目度の高い指揮者の一人で、当コラムでも度々紹介してきた。中でも強いインパクトを与えているのが、作曲当時の楽器を用いたレ・シエクルとの録音。1900年代初め頃の楽器で演奏された本盤も、その面白さが十全に発揮された1枚だ。

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 ラヴェル:ボレロ、歌劇「スペインの時」 キングインターナショナル KKC 6709 3500円
フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮
ラヴェル:ボレロ、歌劇「スペインの時」
キングインターナショナル KKC 6709 3500円

 

 「スペインの時」(1909年作)は、スペイン女性の浮気心を描いた1時間に満たないオペラ。「亭主の留守中、時計屋の女房に2人の愛人(夢に酔う詩人と滑稽な銀行家)が迫るが、彼女はたくましい肉体を持ったロバ曳(ひ)きを選ぶ」といった喜劇的な物語で、そこにアイロニーやシニカルな笑いが含まれている。

 ラヴェルはこれに極めて精緻な音楽を付けている。ただしイタリア・オペラ風の甘美なメロディーは全くなく、歌手は「話すように歌い」ながら進行する。本盤では歌手陣も表現力豊かで素晴らしいが、それ以上に活躍するのは雄弁なオーケストラ。彼らは、スペイン色やウイットに富んだその音楽を、色彩的かつ洗練された響きで表出している。これらが相まって、この演奏は(特に歌詞を見ながら聴くと)すこぶる楽しい。

 さらにロト&レ・シエクルの特徴が前面に出されたのが「ボレロ」(1928年作)。この曲は、小太鼓のリズムに乗って同じ旋律が楽器を変えながら反復され、次第に音量を増していくユニークな音楽で、作曲者の代表作としておなじみの1曲だ。しかしここでは、新たに校訂された楽譜を用いて、作曲者が当初描いたサウンドが再現されている。

 まずは、通常の小太鼓1台ではなく、タンブール(プロヴァンス太鼓)が2台使用され、スリリングにリズムを刻む。ノンビブラートで奏される各楽器の音色も新鮮で、トロンボーンをはじめとする細管(一般的な現代楽器よりも管の口径が小さい)や不思議な音のチェレスタなど、初演当時の楽器の音色も耳を奪う。リズムも明確で、終結に向けての盛り上がりも迫真的だ。しかも終盤には、後の版で外されたカスタネットが彩りを添えながら、フラメンコ風のテイストが醸し出される。

 ロトが「規格外れ」と呼ぶ2曲を清新な視点で再生した本盤は実に刺激的。これを聴くと「CD録音にもまだ新領域が残されている」ことを実感させられる。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.42より転載】

柴田 音楽の森

柴田 克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。