「特集」ついにリブート トランプ外交2.0 判断基準は「損得」 揺れる紛争、安保

半沢 隆実
共同通信特別編集委員

 アメリカファースト(米国第一主義)を高く掲げるトランプ前大統領が1月20日、ホワイトハウスに返り咲く。昨年11月の選挙で上下両院も共和党が握るトリプルレッドを勝ち取り、「進撃の巨人」よろしく敵なしの状態で始まるトランプ外交2・0はどこへ向かうのか。

ウクライナ

 トランプ外交にとって最初の試金石となりそうなのが、ウクライナ情勢だ。広島、長崎に次ぐ人類3度目の核攻撃が万が一にでも繰り返される可能性が一番高いのは、この地域だろう。ロシアのプーチン大統領が繰り返し示唆する核使用を〝はったり〟と一蹴するのは危険だ。常に最悪の事態を想定して対処すべき不安定な時代にあって、ウクライナは、人類全体に突き付けられている緊急課題だ。

 東アジアの最大不安定要素である北朝鮮が事実上参戦し、プーチン氏とは一定の距離を置きながらも中国がロシアの軍事産業を支援しているとみられる以上、日本にとっても対岸の火事ではない。

 2022年2月のロシアによる侵攻から、間もなく3年。ウクライナのゼレンスキー大統領は依然、徹底抗戦の構えだが、劣勢は否めない。トランプ氏は早期の戦闘終結に意欲を示す。しかし行き当たりばったりであった第1次政権を振り返ると分かるように、彼には「こうすることが正義だ」「ああしては倫理に反する」といった外交を根底的に制約する観念や信条、規範がない。

 米国と自身にとって利益となるか否かの一点に集約されるのがトランプ外交だ。ウクライナ侵攻は米国から遠く離れた地で続いている他人の争いごとであり、カネと命の無駄づかいに過ぎない。だから「自分が大統領になったら24時間以内に終結させる」とうそぶくのだ。もちろん、3年に及ぼうとする泥沼の戦争が1日で終わるわけはない。大統領選勝利に向けたキャッチフレーズの域を出ないものだ。

 いずれ始まるであろうロシアとウクライナの交渉に際して、激しい攻防が展開される前線のどこに停戦ラインが引かれるかを予想するのは困難だ。ウクライナ側としては当然、14年にロシアが併合した南部クリミア半島と東部ドネツク州などの完全奪還を目指すところだが、実現は厳しい。

 長期的に最も重要なのが、ウクライナの安全保障だ。ロシアによる再侵攻を抑止するとともに、ウクライナの領土と独立をどう支えるかが知恵の絞りどころとなる。ウクライナが希望する北大西洋条約機構(NATO)への加盟は、障害が多すぎる。肝心のトランプ氏もゼレンスキー氏に面と向かって「支持しない」と明言した。

 筆者としては、代わって急浮上した欧州独自の平和維持活動に注目している。欧州各国が軍を派遣しウクライナに駐留させる構想で、フランスのマクロン大統領が主導する。短期間での実現は不可能なNATO加盟までの〝つなぎ〟としても有効だろう。

 欧州内には温度差があり、ポーランドやドイツは後ろ向きとされるが、英国内には以前から派遣に前向きな意見がある。ロシアの脅威を肌で感じているバルト諸国、北欧諸国の参加があれば、有志国による数万人規模の派遣も可能だろう。ただ欧州の三大軍事強国のうちフランスとドイツは政治が不安定化しており、英国は厳しい財政事情を抱える。各国政府と指導者が近くどのような決断をみせるか注目される。

中東

 混乱が続く中東問題は、トランプ政権が歩むであろう地平線の風景が、立場によって正反対となる。

 長期に及ぶパレスチナ問題を公正で幸せな方向で解決したいと望む人々にとって、見通しは明るくない。一方、イスラエルの安全保障をなりふり構わず重要視する人々にとって、トランプ氏復活はこの上ない吉兆だ。

 23年10月のパレスチナ自治区ガザからのイスラム主義組織ハマスによるイスラエルへの越境攻撃をきっかけとするイスラエルと諸勢力との闘いは、全体としてイスラエル側に有利な状況で続いてきた。

 イスラエル軍は執拗(しつよう)な空爆や砲撃、歩兵戦でハマスを壊滅に近い状態に追い込んだ。ガザ情勢に乗じて、北部のレバノンからは親イラン民兵組織ヒズボラがイスラエル北部にミサイル攻撃を仕掛けたが、イスラエルの報復で指導者ナスララ師ら主要幹部を失い、イスラエル軍の地上侵攻により大打撃を受けた。

 イスラエルの挑発に耐えかねたイランも大規模なミサイル攻撃を仕掛けた。だがこれも大きな損失を与えることにはならなかった。

 ハマスのテロで死亡した1200人ものイスラエル人の人命と卑劣な人質拘束を忘れてはなるまい。しかし、交戦開始後のレバノン側死者は保健省によると3千人以上。レバノン国内の避難民は11月初め時点で87万人を超えた。ガザでイスラエルの攻撃などで死亡したのは4万5千人超だ。国連によれば飢餓状態すら発生している。

 パレスチナ人の存在を否定する極右勢力を閣内に抱えるイスラエルのネタニヤフ首相は、一連の戦線拡大をイスラエルの安全に寄与するとして正当化、シリアでアサド政権が崩壊した混乱に乗じて、シリア軍が残した武器庫などを標的に各地を空爆した。さらにシリアから占領したゴラン高原の非武装地帯(DMZ)に兵を進めるなど「火事場泥棒」的なイスラエルの行動が目立つ。

 ネタニヤフ氏は国際刑事裁判所(ICC)からガザでの戦闘を巡る戦争犯罪に関し、逮捕状が出されている。イスラエルは当然ながらこれを拒否、後ろ盾である米国のバイデン政権は、ICCを強く非難した。しかし、バイデン政権はICCがプーチン氏に出した逮捕状に関しては沈黙、完全な二重基準を露呈した。

 第1次政権から米国大使館を聖地エルサレムに移すなど、露骨にイスラエル寄りだったトランプ政権が、一層イスラエル擁護に傾くのは確実だ。バイデン政権は、ヨルダン川西岸の占領地におけるユダヤ人の違法入植には批判的だった。しかしトランプ政権はこれを容認か黙認するだろう。

 トランプ氏はハマスに対し、ガザで拘束する米国人を含む人質を1月20日の自身の就任までに解放しなければ「地獄」が訪れると警告。ヒズボラとハマスを支援し、現時点でイスラエルにとって潜在的に最大の脅威であるイランについては、米誌タイムとのインタビューで、戦争の可能性を問われ「どんなことでも起き得る」と答えた。イランには対外融和を掲げる改革派のペゼシュキアン政権が昨年8月、発足した。米国との対話姿勢を見せており、トランプ政権側もイランの核開発を巡る建設的な対話を検討すべき時期が来ている。

東アジア

 アジア外交では、中国と米国が貿易戦争を回避できるかどうかが焦点だ。
 トランプ氏は昨年11月、自身の交流サイト(SNS)で中国の麻薬流入対策への不満を示し、対策を実施するまで中国製品に10%の追加関税を課すと表明した。選挙期間中には中国製品に対する60%という法外な関税すら示していた。

 第1次政権で米側は、知的財産権の侵害などを理由に中国製品の関税を引き上げ、中国も報復したことで貿易摩擦が激化した。貿易赤字の削減につながる米農産品の大量購入を盛り込んだ合意にこぎ着けたものの、巨額赤字の構造に変化はなく、中国は「関税を引き上げても貿易赤字の問題を解決できないことは歴史が証明済み」と、トランプ氏側をけん制している。

 皮肉なことに、これだけ分断が深刻化してしまった米国の政治で、対中強硬路線だけは、民主党と共和党が一致団結しているように見える。世界銀行関係者も「民主党も中国への強硬姿勢では同じで、歯止め役がいない」と指摘する。

 このホワイトハウスと連邦議会の上下両院を握るトリプルレッド(赤は共和党のシンボルカラー)を背に、トランプ氏は政権発足と同時に思い切った対中政策を取るだろう。その一方で日本も関心が高い台湾海峡情勢では、本気度が見えない。バイデン大統領は折に触れて介入をほのめかし「台湾には手を出すな」というメッセージを発していた。だが、トランプ氏は既に述べたように、損得が最優先であり、世界や歴史における米国の使命といった発想はない。「何が悲しくて遠くの島を守るのに米国人がカネと命をつかうのか」というのが本音だろう。

 トランプ外交の再出発はさまざまな同盟の不安を増幅させており、米英豪の安全保障枠組みAUKUS(オーカス)の外交筋も筆者に「行く先は不透明だ」と漏らした。非核国オーストラリアに米原子力潜水艦を配備した上で、英豪両国で次世代原潜を製造する画期的な取り組みですら、短期的かつ自己中心的利益が最優先のトランプ氏の胸先三寸で決まってしまう恐れがある。

 この不確実性が増しているトランプ外交2・0を目前にして、日本はじっくりとその本質を見極めて対応を決めるべきだ。早期の会談を希望していた石破茂首相はようやく1月中のタイミングで調整が始まったもようだが、焦る必要はない。就任前後の慌ただしい時期では、象徴的な意味の枠を超えないだろう。 カナダの失敗を胸に刻んでもいい。

 カナダのトルドー首相は、トランプ氏が突然対カナダ関税強化を打ち出したことにショックを受け、フロリダにあるトランプ氏の私邸にはせ参じたが、事実上空振りだった。この対応を巡って財務相が辞任、野党からは不信任案を突き付けられる体たらくであった。2016年、トランプ氏が初当選した直後、トランプ氏がいたニューヨーク詣でをして世界を驚かせた安倍晋三元首相も、実はトランプ氏に甘く見られていたとの側近証言がある。

 日本は今後4年間、防衛費負担や貿易不均衡を巡る厳しい対米交渉に備えなければならない。「商い」に付き合うなら、足元を見られたら負けである。

共同通信特別編集委員 半沢 隆実(はんざわ・たかみ) 1962年福島県会津若松市生まれ。88年共同通信入社。社会部、外信部、カイロ支局特派員、ロサンゼルス支局長、シアトル支局長、ロンドン支局長、ワシントン支局長を経て、2023年6月から共同通信特別編集委員兼論説委員。主な著書に「銃に恋して 武装するアメリカ市民」(集英社)「ノーベル賞の舞台裏」(筑摩書房、共著)など。

(Kyodo Weekly 2025年1月13日号より転載)