
日本国際問題研究所客員研究員
2025年1月20日、米国で第2期トランプ政権(2.0)が発足した。早速、トランプ大統領は、1月22日に、他国にさきがけてサウジアラビアのムハンマド皇太子(首相)と電話首脳会談を実施、また2月4日にはイスラエルのネタニヤフ首相とワシントンのホワイトハウスで最初の対面での首脳会談を行うなど、中東への関心の高さを示したスタートとなった。本稿では、第1期トランプ政権(1.0、17~20年)の中東外交、その後のバイデン政権下の中東情勢を振り返りながら、トランプ第2期政権で中東はどこに向かうのか、これに日本はどう対応するべきかについて、概説したい。
1.0振り返り
第1期トランプ政権下の中東政策は、 ①イスラエル支援(例:アメリカ大使館のエルサレムへの移転=18年5月)、②イラン敵視(例:イラン核合意からの離脱=18年5月)、③ビジネス・実利重視(例:イスラエルとアラブ首長国連邦〈UAE〉、バーレーンの国交正常化実現=20年8月)などに特徴付けられた。
その後バイデン政権下では23年10月、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織「ハマス」によるイスラエル越境攻撃、人質拘束及びイスラエルによるガザへの軍事作戦が行われ、また、24年4月及び10月にはイランによる中東史上初のイスラエル攻撃が行われるなど、イスラエルとイラン及びその代理勢力(レバノンの親イラン民兵組織「ヒズボラ」、イエメンの親イラン武装組織「フーシ派」、ハマス)との対立が激化した。
このような状況下、昨年12月8日には、中東民主化運動「アラブの春」が波及し11年から内戦が続いていたシリアでアサド政権が崩壊し、中東の新たな火種が生まれた。また、第2期トランプ政権発足前に駆け込むように、イスラエルとハマスの停戦が合意された。
ガザ停戦の行方
23年10月から始まったガザでの衝突では、4万6千人を超えるパレスチナ人犠牲者が出たが、ことし1月15日、イスラエルとハマスが、ガザでの停戦と段階的な人質の解放で合意した。停戦交渉はエジプト、カタール、米国が仲介し、1月19日に発効、今後3段階で進めることになる。第1段階では戦闘を6週間停止。明確な期限は示されていないが、19日から6週間ならば3月初めとなる。ハマスが捕らえている人質約100人のうち、女性ら33人を解放する。ハマスは1月19日に民間人の女性3人を解放、25日にはイスラエル軍の女性兵士4人を解放した。
イスラエルはパレスチナの囚人を解放することになっている。第1段階の停戦期間中に恒久停戦に向けて第2、3段階の内容を継続協議する。第2段階では残る人質の解放やイスラエル軍のガザからの撤退を実施。第3段階で残る遺体の返還や復興に着手する。イスラエルのネタニヤフ首相は1月15日、停戦を後押ししたバイデン、トランプ両氏に電話で謝意を伝え、ハマスは停戦合意について「勇敢な抵抗の成果だ」との声明を出した。交渉が急速に進んだ背景には、外交成果を挙げたいトランプ大統領の存在があったのは間違いないだろう。現にトランプ氏は、1月20日の自分の大統領就任前にハマスが人質を解放しなければ「地獄をみる」と、露骨に圧力をかけていた。
政権発足後の1月25日、トランプ大統領はヨルダンのアブドラ国王と電話会談し、ガザからの難民を受け入れていることについて「素晴らしい仕事をしている」と称賛し、さらなる受け入れを求めた。トランプ氏は1月26日にエジプトのシシ大統領とも電話会談し、ガザ難民の受け入れを求めると明らかにした。これに対し、1月26日、ヨルダンのサファディ外相は「ヨルダンはヨルダン人のもので、パレスチナはパレスチナ人のものだ」と強調し、トランプ氏の難民受け入れ要請を拒否する姿勢を示した。エジプト外務省も「地域の紛争を拡大させる」と一蹴した。
なぜ、ヨルダン、エジプトはトランプ氏の要請を強い姿勢で拒否したのか。アラブ諸国にとって、ガザの住民を外部に移住させるという発想が、1948年にイスラエルが建国された際に、70万人以上のパレスチナ人が暮らしていた土地を追われ難民となった「ナクバ(大惨事)」を思い起こさせるからである。パレスチナ人やアラブ諸国にとってはさらに多くの住民が故郷を追い出される状況は受け入れ難く、パレスチナ国家の樹立が遠のくのではないかという懸念を抱かせるものだ。このような中、トランプ大統領は2月4日、イスラエルのネタニヤフ首相とのワシントンでの会談で、ガザについて「米国が所有する」との意向を唐突に示した。「破壊された建物を撤去する責任を負う」、「ガザの住民は、ヨルダンとエジプトが引き受けるだろう」とも語った。ガザのパレスチナ人の位置付けは、1948年のイスラエル建国以来、未解決の本質的な問題であり、トランプ大統領が2.0において中東問題の根底を覆すことが懸念されるスタートとなった。
イスラエルさらに強硬に
以上の現状を前提として、第2期トランプ政権下の中東動向を見通したい。その判断要素としては、①トランプ大統領とネタニヤフ首相の関係及びそれに伴うイスラエルの政策の自由度、②イラン及びその代理勢力の反撃意図、③トランプ政権の実利重視の結果としての、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化をはじめ中東経済圏の拡大への意欲、④米国の抑制的対応を受けた、中国、ロシアによる中東への介入度ーが挙げられ、これらの複雑な方程式を解きほぐす必要があるだろう。
この点、ネタニヤフ首相は、第1期トランプ政権下で史上最強と称された米イスラエル関係をより所に、トランプ大統領からの強力な後押しを「青信号」と捉え、自由に反イスラエル勢力への攻撃を強化する可能性がある。ことし2月4日の会談でも、ネタニヤフ首相はトランプ大統領からイスラエル支援の強力な後押しを受けたとみられる。イスラエルはイラン、ヒズボラ、フーシ派、ハマスの4正面同時戦争にも耐え得る覚悟で、「建国以来の第2次独立戦争中」と明言するネタニヤフ氏の意図を過小評価することは禁物である。また、その延長で、同盟国・米国への強力な支援要請が、米国とイラン及びその代理勢力との直接戦争に発展する可能性も排除されない。
イラン核開発加速なら
2024年7月に発足したイラン新政権(欧米融和路線のペゼシュキアン氏が大統領に新たに就任した)は、対イラン制裁解除を米新政権の下で実現したい意向であったが、対イラン強硬路線を取るトランプ政権の誕生、さらに米上院、下院とも対イラン強硬路線の共和党が多数派となる、いわゆる「トリプルレッド」(赤は共和党のシンボルカラー)になったことで、その目標の実現は早くも困難になったと言わざるを得ない。むしろ対イラン制裁強化・加速の流れに向かうだろう。実際、ことし2月4日、トランプ大統領はイランに関する大統領令に署名し、イランが核兵器を保有する道を断ち、イランの海外での影響力拡大に対抗する姿勢を明確にした。またトランプ政権の強固な後ろ盾を得たイスラエルが、対イラン報復をさらに強化する可能性は高く、その場合、イランとしては、中東地域への政治的影響力の低下を防ぐためにも、イスラエルへのさらなる報復を行わざるを得ず、報復の連鎖の激化が懸念される。窮地に追い込まれたイランが米国やイスラエルへの対抗措置として、核開発を加速させた場合は、トランプ大統領がイスラエルに核施設への攻撃を容認する恐れもあるだろう。
どう出るサウジ
実利重視のトランプ大統領は、第1期政権で成し遂げたイスラエルとUAEの国交正常化(20年8月)のバージョンアップ(総仕上げ)として、先端技術を有するイスラエルと豊富なオイルマネーを有するサウジアラビアの国交正常化実現を、中東政策でのトッププライオリティー(最優先事項)に挙げる可能性もある。サウジアラビアとしては、バイデン前政権の人権重視政策(サウジアラビア人ジャーナリストのカショギ氏暗殺事件)で冷え込んだ米国との関係を第2期トランプ政権下で復活させたい考えであり、米・イスラエル・サウジアラビアの狙いは一致する可能性が高い。ただし、このような3者の接近は、イスラエルに対して融和的と捉えられる点で、アラブ諸国で国民レベルでの反発を招くことは必至であり、その風圧を一身に受ける、アラブ・イスラムの盟主を自負するサウジアラビアの動向が注目される。
日本が取るべき中東外交
日本は、原油輸入の95%以上を中東産油国に依存しているため、中東情勢の安定は日本の死活的国益である。中東産油国の核となるサウジアラビア、UAEとの戦略的関係の強化とともに、現下の戦争の当事者であるイスラエルとイランにもバランスを取る形で外交を展開する必要がある。特にトランプ2.0政権の発足で、対イラン包囲網強化への圧力が高まる可能性があるが、日米同盟の文脈での政策協調とは別に、日本が長年有してきたイランとのパイプを水面下で維持するなど、したたかな外交が求められる。また、上述のようにパレスチナ難民の受け入れが世界を揺るがす問題になる中、日本は米国の要請に従うだけではなく、中東問題の解決に資する「自律的な外交」が今まで以上に求められよう。
日本国際問題研究所客員研究員 中川 浩一(なかがわ・こういち) 1969年京都府生まれ。94年外務省入省。エジプトでアラビア語研修後、対パレスチナ日本政府代表事務所(ガザ)、イスラエル、米国、エジプトの日本大使館などで勤務。天皇陛下、首相のアラビア語通訳を務める。2020年外務省退職。著書に「総理通訳の外国語勉強法」(講談社)、「ガザ」(幻冬舎)、「『新しい中東』が世界を動かす」(NHK出版)など。
(Kyodo Weekly 2025年2月24日号より転載)