「特集」 イスラエル ガザ侵攻8カ月広がる国際的余波 パレスチナ連帯

 

錦田 愛子
慶應義塾大学教授

 イスラエルのパレスチナ自治区ガザ侵攻から8カ月が過ぎた。イスラム組織ハマースら武装勢力によるイスラエル奇襲攻撃から始まったこの戦闘が、ここまで長期化することを予見できた者は少なかったのではないか。封鎖下に置かれ、外部からの武器や食料など兵站(へいたん)の補給が困難と思われるガザの武装組織は、当初数カ月程度が戦闘継続可能な限度とされた予想を上回り、持ちこたえている。

 むしろアメリカから定期的な軍事支援を受け、圧倒的な軍事力を誇るはずのイスラエル軍のほうが、作戦面でも苦戦しているようだ。昨年10月7日に拘束されたイスラエル人の人質の多くは、いまだ奪還できていない。今年1月の段階で軍事制圧したと宣言していたガザ地区の北部でも、パレスチナ武装勢力による攻撃が再開し、軍が再展開している。ジャバリア難民キャンプへの攻撃は2週目を迎えた。

 なかなか終戦の兆しが見えない中で、この8カ月の間には国際的にも大きな余波の広がりがみられる。そこにはどんな力学が働いているのか。本稿ではこれらの動きに着目し、ガザが国際政治の台風の目となっている様相を描き出していきたい。

「抵抗の枢軸」とイラン

 10月7日の開戦以降、イスラエルはガザとの戦闘の他に、北部戦線に対しても警戒を緩めることのできない二正面作戦を強いられてきた。国境線の北側から攻撃し、警戒を引き付けてきたのは、レバノン南部に拠点を置くヒズブッラー(ヒズボラ)だ。抑制された規模ではあるが、ドローンやロケット弾でイスラエルを断続的に攻撃してきた。他方で紅海を通過する船舶に対しては、イエメンのフーシ派が対艦ミサイルで攻撃を行い、今回のイスラエル・ガザ戦争以降、はじめてパレスチナ問題との関連で存在感を示している。ともにイランから支援を受けるとされる、これら「抵抗の枢軸」と呼ばれる諸勢力の攻撃が、イスラエルの戦力を割き、国際的な流通網に打撃を与えている。

 だがこの8カ月でもっとも緊張感をはらんだ、大きな展開としては、やはり4月のイスラエルとイランの衝突が挙げられるだろう。両国が互いに相手国の領土を直接攻撃するという史上初の事態となった。事の始まりは4月1日にダマスカスのイラン大使館領事部が爆撃され、中にいたコッズ部隊のムハンマド・レザー・ザヘディー准将などイランの革命防衛隊メンバー7人が殺された事件だった。声明は出なかったものの、イスラエルによる攻撃であることが確実と見られ、イランは報復を誓った。イスラエルは都市部全域で衛星利用測位システム(GPS)の機能を遮断するなど、警戒態勢を強めていた。

 実際の報復はかなり遅れた2週間後に起き、その規模はかつてないものとなった。合計で300発を超える弾道ミサイルや自爆型ドローンがイスラエルの全域に降り注ぎ、防空サイレンが鳴り響いた。事前に通告があったため、攻撃の99%は防空システムにより撃墜されたが、ネタニヤフ首相がこれまで繰り返し国際社会に訴えてきた「イランの軍事的脅威」が立証される形となった。「枢軸」の代理勢力ではなくイラン本国から直接イスラエルを狙った報復攻撃は、在外公館という国家の「顔」を文字通りつぶされ、まさにメンツがかかったイランが示した最大限可能な反撃であったと捉えられる。

 これに対して、前例のない本土攻撃を受けたイスラエル側がどういう対応を見せるか、注目が集まった。通常であれば〝十倍返し〟を行うイスラエルだが、ガザをめぐる戦闘はまだ終結していない。互いに大規模な正規軍を有するイランとの直接対決が起きるとなると、それは非国家主体の武装勢力にすぎないハマースやヒズブッラーとの対決とは異なる次元の問題であり、どこまで戦闘が拡大するのか緊迫した事態となった。実際に5日後にとられた報復措置は、イラン中部イスファハーンの軍事施設を狙った本土直接攻撃だった。きわめて限定的な規模の反撃ではあったものの、この施設の近くにはナタンズ核濃縮施設も存在する。つまりこの攻撃は、イスラエルが本気になれば核開発施設を含めたイラン領土内の標的を直接標的として狙えることを示した、不気味なジェスチャーだったといえる。

ベトナム反戦さながら

 こうした戦闘が続く中、ガザ地区では長期化された封鎖で支援物資が行き届かず、一部で飢餓状態に陥る人々が出ている。イスラエル軍の攻撃による死者の大多数は民間人とみられ、その数は5月半ば時点で3万5千人を超えた。非人道的な状況が続くことに対して、各国ではこれに歯止めをかけるための取り組みや、抗議活動が起きている。

 国際司法裁判所(ICJ)では昨年12月29日、南アフリカによる提訴を受けて、イスラエルによるガザ攻撃が「集団殺害罪の防止と処罰に関する条約(ジェノサイド条約)」に基づく義務に違反しているかどうかの審理が始まった。さらに今年5月10日には、イスラエル軍のラファからの撤退を求めたICJによる暫定措置命令も要請されている。加えて同20日には、国際刑事裁判所(ICC)が戦争犯罪の疑いで、ハマース幹部3人に加えて、ネタニヤフ首相とガラント国防相に対しても逮捕状を請求すると発表した。戦争の手段として民間人を飢餓に陥らせたり、意図的に民間人に対して攻撃を行ったりしたことが理由で、戦争犯罪の責任を追及する姿勢を強めている。

 アメリカ国内ではイスラエルへの軍事支援を継続するバイデン大統領への批判が強まっている。次期大統領選出に向けた民主党の予備選挙では、「支持候補なし」キャンペーンが広がっており、4月のニューヨーク州での投票では白紙票が12%を占めた。その前に実施されたミシガン州、ミネソタ州、ウィスコンシン州などでの予備選挙でも同キャンペーンによるバイデン氏不支持の動きが見られた。

 さらに大規模に展開され、注目を集めているのはアメリカ各地の大学における抗議行動だ。名門のコロンビア大学やUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)をはじめ、全米数十カ所の大学のキャンパスで連帯運動が拡大している。デモ隊は大学構内にテントを張り、ガザ攻撃に反対して「パレスチナの解放」を訴えている。興味深いのは、学生の要求が人道的理由による攻撃の中止だけではなく、自分たちの納めた学費の使い道に向けられていることだ。大学が運営資金の確保のため、学費や寄付などを投資資金として運用している点に着目し、攻撃に関与するイスラエル企業への投資を中止することが主な要求項目に掲げられている。

 民主党員の間でバイデン氏不支持の背景にあるのも、実はこうした納税者意識だ。納めた税金がイスラエルへの武器供与の資金となることに抗議し、「われわれの税金でガザに爆弾を落とすな」というスローガンが、筆者が昨年11月に訪れたホワイトハウスの近くでの抗議集会では叫ばれていた。こうした運動は、攻撃に加担したくないという人々の意識が、民主主義の制度にのっとり表明されたものといえる。ガザに直接戦闘部隊を派遣はしていないものの、政治的対応次第では大統領の命運をも脅かすという点では、ガザはバイデン政権にとっての「ベトナム」となりつつあるといえるのかもしれない。

二国家解決案の再浮上

 ガザ地区での戦闘を巡っては、ハマースとイスラエルの間で停戦条件と人質の解放について協議が続いている。人質の存在以外に交渉のカードを持たないハマース側は、解放する代わりに戦闘の恒久的な終結とイスラエル軍の撤退を求めている。これに対して5月初めには、一時停戦から始める3段階の戦争終結案が提示されたが、最終的にはイスラエル側が拒否し、交渉は振り出しに戻ったとされる。

 他方、国際社会ではガザでの戦闘終結を後押しし、その後の再発防止も狙った紛争解決の在り方が模索され始めている。国連総会は5月10日、緊急特別会合を開き、パレスチナの国連加盟を支持し、安保理でも再検討を求める決議案を賛成143カ国で採択した。反対はアメリカやイスラエルなど9カ国にとどまった。イスラエル政府はこの動きに激しく反発し、カッツ外相は「不条理な決定」であり、「国連の構造的な偏向を浮き彫りにした」と声明を出した。長年放置されてきた中東和平の問題に、突然国連が介入してパレスチナ側の支持を表明する形になったのは確かだ。だが、当事者間で解決の糸口が見つからない状況の中で、公正な問題解決に向けた一定の方向性を示したことは評価されるべきだろう。

 こうした動きを受けて、スペイン、アイルランド、ノルウェーの3カ国は5月22日、パレスチナを同28日付で国家として承認することを発表した。パレスチナは既に2012年に国連総会決議の可決により「パレスチナ国」としてオブザーバー国家に格上げされていたが、欧米諸国の中でパレスチナを国家承認している国はわずかだ。今後もまた同様の国家承認の動きが続くのか注目される。

 1993年のオスロ合意以降、ヨルダン川西岸地区およびガザ地区に作られたパレスチナ自治区にもとづき、パレスチナとイスラエルとの二国家共存は国際社会の中で一定の共通了解としての地位を占めてきた。とはいえ国家承認を得たとしても、統合された領土や領域管理、実効的な主権行使など、実体を伴う国家の実現がパレスチナで可能かどうかは、現時点では見通しが暗い。イスラエルの占領と不均衡な勢力関係という問題の改善がみられなければ、長期化した紛争の解決は難しいといえる。

慶應義塾大学教授 錦田 愛子(にしきだ・あいこ) 1977年広島県生まれ。東京大学法学部卒業。2007年総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程修了(文学博士)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授、ヘブライ大学トルーマン研究所客員研究員、慶應義塾大学准教授などを経て23年から現職。16年大同生命地域研究奨励賞受賞。主な著書に「ディアスポラのパレスチナ人」(有信堂高文社)。

(Kyodo Weekly 2024年6月3日号より転載)