「自動運転社会に必要なのは、テック(技術)だけではないんです」
そう語るのは、東京・渋谷に拠点を構えるモビリティースタートアップ「DXTRL(デクストラル)」代表取締役の佐久間俊輔氏だ。
デクストラルは、自動運転時代を見据えながら、全国の自動車ディーラーと連携したシェアカープラットフォーム「Lymo(ライモ)」や、ディーラー向け営業・接客支援サービスを2025年から展開している。
Lymoは、新車ディーラーが保有する試乗車や、中古車販売店の車両などを活用し、利用者が気軽に車を借りられる仕組みだ。通常のレンタカーとは異なり、試乗や購入につながる新たな顧客接点としても構想されている。
世界では米ゼネラル・モーターズ(GM)傘下のGMクルーズが2024年12月にロボタクシー事業から撤退した。日本国内でも法整備やインフラ整備、安全性確保など、社会実装にはなお多くの課題が残り、自動運転の社会実装は平たんな道のりではない。そうした中で佐久間氏が重視するのは、自動運転技術そのものではなく、「利用者との接点」を担う地域のディーラーの存在だ。
なぜ佐久間氏は、自動運転時代にあえて「人間や地域のつながり」を重視するのか。その背景には、ホンダ時代から続く経験と挫折があった。
HMS解散とデクストラル立ち上げ
同社の前身は2020年、ホンダがモビリティーサービスの事業企画・運営を行う部門として設立した「ホンダモビリティソリューションズ(HMS)」だ。当初はGMクルーズ社との自動運転事業協業を構想しての立ち上げだった。
もともとHMSのミッションは、GMクルーズの技術を日本に持ち込み、国内で特定条件下で運転手が不要な「レベル4」以上の自動運転タクシー(ロボタクシー)事業を展開することだったという。
このロボタクシー事業の実装を視野に入れ、同社は都市部を中心とした会員制のカーシェアサービス「EveryGo(エブリゴー)」や、東京都内でフードデリバリーに携わる個人配達員向けの「EveryGoデリバリー」などの事業を展開。これらのモビリティーサービス事業に携わってきたのが、HMSで執行役員を務めた佐久間氏だった。
佐久間氏は三菱UFJリース、日本政策投資銀行、三菱商事などでキャリアを積む中で、自動車産業への関心を深め、自動運転や新たなモビリティーサービスの創出に携わりたいと考えるようになったという。ホンダが自動運転事業に3000億円規模の投資を行うタイミングを転機とみた佐久間氏は、2021年にHMSへ参画した。
「HMSの中で、自動運転時代までバトンを渡していきたいという思いだけでずっとやってきていました」と佐久間氏は振り返る。
しかしGMクルーズ側が開発競争の激化や投資回収の難しさなどを理由に、2024年にロボタクシー事業から撤退。その影響を受け、HMSも2025年に解散することとなった。
佐久間氏は、解散の話がホンダの役員から出てきた際には「自動運転事業を盤石にしていくために、モビリティーサービスを足元から作ってきていたのに、それを捨ててしまうのは、もったいない」と抗ったという。しかし本社の決定は変わらなかった。「会社がつぶされる」ともいえる絶望的な状況。
悩み抜いた挙句に「もう、残っているのは起業という手段しかない」と、判断。HMSで培ったモビリティーサービス事業の知見を基に、2025年6月に「DXTRL(デクストラル)」を共同創業した。創業の際にはHMSでともに働いた芝切祐貴氏が共同創業者COOとして参加。現在もホンダや他社で働くかつての仲間たちとも交流は続いており、社外の立場から助言や協力を受けることもあるという。
「恐怖はやっぱりありました。それでも起業に振り切れたのは、応援してくれる仲間がいたから。仲間という本当に価値のある財産をなんとかビジネスに仕立て上げていかないと、という使命感のようなものを感じた」と佐久間氏は語る。

利用者との接点としてのディーラー
いま、世界のモビリティー市場は米電気自動車(EV)大手テスラや中国の比亜迪(BYD)など、巨大IT・自動車メーカーが主導する「技術競争」の真っただ中にある。しかし、彼らが描く“スマートな未来”は、首都圏ほど移動手段の選択肢があるわけではない日本の地方都市や、人口減少で過疎化している地域にもそのまま適応できるのだろうか。技術競争が激化する中だからこそ、佐久間氏は「車の利用者との接点」こそがモビリティーの本質だと考える。
「一般的には、メーカーがどういう新しい車を作ったんだとか、それはEVなんだとか、自動運転なんだっていう、技術志向な話になりがちです。でも、本来大切なのは、車の利用者のニーズに応えられるかどうかです」と佐久間氏はいう。
EV、AI、自動運転といった技術革新が進む一方、日本では地域交通や販売体制の維持という現実的な課題が深刻化している。そこでデクストラルが着目したのが、日本全国に張り巡らされた「自動車ディーラー(販売店)」のネットワークだ。
佐久間氏は「全国にはトヨタやホンダなどを含め約1万5000店舗のディーラーがあるといわれています。ディーラーは新車販売に加え、整備や保険、車検などを通じて地域住民と長期的な関係を築いてきた存在だと思っています」と話す。佐久間氏は、全国に張り巡らされたディーラーの店舗網は、日本のモビリティーを支える重要なインフラの一つとして捉えている。
佐久間氏は、ディーラーを単なる販売店ではなく、「利用者との接点」と位置づける。創業期の自動車メーカーが重視していた「顧客主義」の精神はいまもディーラーに息づいているという。
レンタルと購入の垣根をなくす
利用者との接点を維持するための仕組みがデクストラルの主力事業「Lymo(ライモ)」だ。Lymoは、ディーラーが店内に抱える試乗車や代車といった「遊休車両」をカーシェアとして活用するプラットフォームだ。Lymoは既に首都圏エリアの新車ディーラーと連携して約650台程度を運用した実績があり、現在は名古屋エリアで輸入車ディーラーと連携し、12ブランド約100台(2026年6月時点)の車両を運用している。
現在、国内で保有されている乗用車の数は約6200万台(軽自動車を含む。自動車検査登録情報協会調べ/2026年3月末時点)。佐久間氏は「その約96%が遊休状態にあるといわれています」と話す。多くの車両が稼働していない時間の方が長く、ディーラーの試乗車や代車なども含めて有効活用の余地があるという。
一方で、近年の車両価格や維持費は上昇しており、若者を中心にクルマを「所有する」ハードルは着実に上がっている。
デクストラルが目指すのは、「所有」の前に「利用」を置くモビリティー体験だ。まずはLymoを通じて車との接点を生み出し、その先の購入へとつなげていく。
「まずは新車ディーラーや中古車販売店にある車に気軽に乗ってもらいたい」と佐久間氏は話す。そして、レンタルだけでなく、気に入ったら購入もできるという動線になると、ユーザーにとって体験価値が高いと思うんです。レンタルと購入の垣根をなくすというのが、僕らのなすべきミッションとなります」と佐久間氏は語る。
Lymoは単なるカーシェアではない。ディーラーが保有する試乗車や代車を活用することで、利用者とディーラーとの新たな接点を生み出し、その後の購入やメンテナンスなど継続的な関係につなげる狙いがある。
さらに、地域によって必要なモビリティーは異なる。車だけでなく二輪や船なども含め、利用者に近い場所で最適な移動手段を提供していくことが重要だと佐久間氏は考える。
今後はホンダのみならず全国の国産車・外車ディーラーとの提携を目指しながら、四輪・二輪・船・自転車といった移動手段と、シェアリングやサブスクリプション、リースといったサービス形態を組み合わせ、地域ごとのニーズに応じて選択できるプラットフォームの構築を目指すという。
AIでは代替できない価値
デクストラル(DXTRL)という社名には、「DX」「Dealer(ディーラー)」「Decentralized(非中央集権)」という意味が込められている。同社がAIを活用しながらも自らを「テック企業」と呼ばれるのを嫌う理由は、利用者やディーラーといった「人」を主役に据える思想があるからだ。
佐久間氏は、利用者と接する自動車ディーラーの業務すべてをAIや自動化で置き換えることが求められているわけではないと指摘する。ディーラースタッフの人柄やホスピタリティー、利用者との関係性は、AIでは代替できない価値だからだ。
Lymo上では、AIは利用者の行動データから関心度を分析し、ディーラーの営業担当者が声をかける最適なタイミングを支援する役割を担う。一方、利用者との信頼関係づくりや提案は人が担う。
佐久間氏によると、利用者が求める接客のあり方も変化している。比較的高い世代では店舗で営業担当者に相談しながらじっくり車を選びたい利用者も多い一方、若い世代を中心に、まずは気軽に車を試し、必要な時だけ相談したいというニーズも増えているという。だからこそAIを活用し、利用者一人一人のニーズに応じて、人が最適なタイミングで接客する仕組みづくりをしているということだ。
同社が掲げるのは「AI in the Loop(エーアイ・イン・ザ・ループ)」という考え方だ。「一般的には『Human in the Loop(ヒューマン・イン・ザ・ループ)』で、全体の業務プロセスの中で、最終チェックを人間がやりましょうという考え方を指します。私たちは、AIを主役にするのではなく、人間を主軸におき、人がより高い価値を発揮できるよう支援していきたいと考えています」と佐久間氏は語る。
「自動運転社会に本当に必要なものは、やっぱり利用者を見失わないということだと思います。そういう姿勢は、大手自動車メーカーよりは、地域のディーラーに根付いていると感じます。ディーラーをエンパワーする(力を引き出す)ことが利用者の利便性向上につながるのではないでしょうか」と佐久間氏は語る。
そのため佐久間氏はLymoを通じて、ディーラーが保有する試乗車や代車を有効活用し、新たな利用者との接点や収益機会を生み出すことで、地域に根差したディーラーの価値を高めることを目指している。
HMSの解散という逆境から立ち上がったデクストラルの挑戦は、技術偏重に陥りがちな現代の自動車市場で「本当に守るべきものは何か」を問いかけている。
デクストラルの活躍次第では、日本の地方交通の景色は大きく変わることになるかもしれない。








