カルチャー

【スピリチュアル・ビートルズ】英国のEU離脱とビートルたち 違いは労働者階級との距離?

11044035650 英国が生んだ世界で最も成功したロック・バンドであるビートルズ。その生き残りの二人、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターですら意見が割れてしまうほどの勝負となったのが、2016年6月23日に行われた英国が欧州連合(EU)から離脱すべきかどうかを問う国民投票。結果はEU離脱(Brexit)派が52%の票を獲得、残留派は48%だった。

 ポールは海外コンサート・ツアー中で投票できなかったが、「たぶん残留派の方だったと思う。というのも(英中央銀行)イングランド銀行の総裁や、多くの金融専門家たちが(残留賛成と)言っていたからね」と語った(同年6月28日付ワシントン・ポスト紙電子版)。

 そして政治ジャーナリストの友人の言葉を引用してポールは「みんな忘れてはいけないよ、これが欧州で最も長く保たれている平和だということを」と付け加えた。

 一方、リンゴは実際に投票に行き、EU離脱に賛成の票を投じたという。「ぼくはBrexitに投票した。というのも、EUというのは素晴らしいアイデアだと思っていたが、近頃ではEUがどこにゆくのか分からなくなってしまっていたからだ」(同年8月8日~21日号ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌)。

 EUは「よろよろと歩いている。私たちはみな、自分の国のことばかりに取り組んで他国のことなど考えもしないような連中に従っている。英国はそこから抜け出して、自分自身の足で立って戻っていくべきだ」とリンゴは続けた。

 ポールがEUの理想主義的な面に焦点を当てる一方で、リンゴは欧州委員会(EC)や欧州議会(EP)の運営の仕方や、英国の意思がそれら機関に反映されにくい仕組み、EUの官僚主義を問題にしているように一見思えるが、果たしてそうだろうか。

 二人の育ちを見ていこう。リンゴはリバプールでも一番荒れた地域であるディングルで生まれ育った。父方も母方も貧乏なワーキング・クラスの出だったうえ、父はリンゴが3歳の時に家を出ていってしまった。リンゴは一人っ子だった。貧しい生活に苦しむ一方で、病弱だったリンゴは学校にもろくに通えない生活を送る。

 偶然ドラムと出会い、バンド活動を行うが、兵役に就きたくないために工場での仕事をしていたリンゴ。運よく(?)ビートルズに加入し、瞬く間に世界的なセレブとなったが、生い立ちからして根っからの労働者階級気質を持っていると思う。

 一方、ポールだが、父親は綿花のセールスマン、母親は看護師という比較的恵まれた労働者階級的家庭に育った。ポールが14歳のときに母親をがんで亡くし、苦労はするものの、平均レベルぐらいの生活は営んでいたとみられる。

 いまや世界的スーパースターとなった二人だが、EU離脱か残留かをめぐっては、こういった二人の育ちの違い、もっといえばコアな「労働者階級」により近かったかどうかが態度を決めるバックボーンにはあったのではないかと想像される。

 米国で2016年秋にドナルド・トランプが次期大統領に選ばれた時、一部メディアは「排外主義」、「ポピュリズム(大衆迎合主義)」、「右傾化」といったキーワードを使って、英国のEU離脱と同列に論じた。だが、英国在住のライターであるブレイディみかこ氏は、EU離脱派の勝利を「労働者階級がエスタブリッシュメントを本気でビビらせた出来事のひとつ」と捉え、米国におけるトランプ現象と一線を画した見方を示した(『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』光文社新書)。

『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』(ブレイディみかこ著 光文社新書)
『労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱』(ブレイディみかこ著 光文社新書)

 「確かに、高齢者がBrexitやトランプに票を投じ、若者がそうしなかったところは似ている。だが、相反する点がある。英国のBrexitが、『労働者たちの反乱』といわれるほどに労働者階級に支持されたのに対し、米国のトランプ大統領は、じつは貧しい層には支持されなかったことが明らかになっているのだ」とブレイディ氏。

 それは英国の労働者階級の微妙な立ち位置に関連しているという。

 英国に出稼ぎに来る移民が急増したのが2004年。EUが東欧を中心に加盟国を増やした年である。人口6,500万人の英国には2016年時点で、およそ350万人のEU市民が住んでいた。そのうちの大半が2004年以降にやって来たとみられる。移民の増加は賃金を押し下げるとともに、労働者階級から職を奪っていった。

 移民たちも英国民同様、教育、医療、福祉、住宅などさまざまな公共サービスを享受する。タイミングも悪かった。2008年のリーマン・ショックに端を発する世界金融危機以来、英政府は緊縮財政策をとり、公共サービスの予算が削減されて、雇用も打撃を受けたのだ。

 労働者階級は、流入する他のEU諸国からの移民たちと、富の大半を独占する貴族・上流階級との狭間で取り残され、政治的、経済的にも顧みられることがなくなったと感じていた。その怒りが爆発したのがEU離脱という選択であったというのである。

 ビートルズが活躍した1960年代は「労働者階級こそがクールな時代」(ブレイディ氏)だった。そして60年代の終わりは「労働組合が闘いはじめた時代」(同氏)だった。

 歴史は繰り返すという。今回の労働者階級が起こした「反乱」は、一種の「下からの民主主義」の表われだったともいえよう。もちろん戦禍の反省から生まれたEUという理念の大切さはいうまでもない。ローカルな民主主義とグローバルな理想主義の狭間におかれた英国。リンゴとポールが意見を違えたのもそういうことだと思う。

(文・桑原亘之介)


桑原亘之介

kuwabara.konosuke

1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
 本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。