ポール・マッカートニーのファンクラブ会報『クラブ・サンドウイッチ』の1994年秋号のQ&Aコーナーでは、1982年1月にBBCのラジオ番組でポールが無人島に持っていきたいと挙げたお気に入りのレコードが話題となった。
ポールが選んだ「デザート・アイランド・ディスク」は次の8枚だ。
① ハートブレイク・ホテル(エルビス・プレスリー)
② スウィート・リトル・シックスティーン(チャック・ベリー)
③ コートリー・ダンセズ/ベンジャミン・ブリテンの「グロリアーナ」より(ジュリアン・ブリーム・コンソート)
④ ビー・バップ・ア・ルーラ(ジーン・ビンセント)
⑤ ビューティフル・ボーイ(ジョン・レノン)
⑥ サーチン(コースターズ)
⑦ トゥティ・フルティ(リトル・リチャード)
⑧ ウォーキング・イン・ザ・パーク・ウィズ・エロイーズ(カントリー・ハムズ)
ポールが多感な十代に夢中になったロックン・ロールの定番が大半を占める中、目をひくのが③の英国の作曲家・指揮者・ピアニストであるブリテンの手による交響的組曲と、⑧の父親ジェイムズの作ったデキシーランド風のインストゥルメンタル曲。
ファンにとって何よりもうれしいのは⑤盟友ジョンの「ビューティフル・ボーイ」が挙げられていること。さらに、この8枚のうち1枚だけ選んでくださいと頼まれたポールが選んだのは、ジョンとオノ・ヨーコとの間の息子ショーンに捧げられたこの曲だった。
ジョンの遺作アルバム『ダブル・ファンタジー』(80)に収められている。
冷徹とか皮肉屋などと何かと誤解を受けやすいジョンの優しい側面が端的に表れた子守歌のような作品で、そんな一面をよく知っていたポールならではの選曲だ。
一方、ジョンはポールのどの作品を特に気に入っていたのだろうか。
80年のプレイボーイ誌とのインタビューでジョンはポールの「オール・マイ・ラビング」について「悔しいくらいいい曲だ」と述べた。また「ぼくの好きなビートルズ・ソングのひとつ」として「ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア」を挙げ、さらにポールの曲のなかでのお気に入りとして「フォー・ノー・ワン」を褒めた。
他のミュージシャンはポールのどのような曲がフェイバリットなのだろうか。
米『ビルボード』誌2005年9月3日号はポールの特集を組んだ。その中で興味深いのは、うるさ型のキース・リチャード(ローリング・ストーンズ)やピート・タウンゼント(ザ・フー)、ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)らに、彼らが考えるポールのナンバーワン・ソングとその理由を挙げてもらっている。
キースが選んだのは「レット・イット・ビー」。理由は「彼のベストソングだと思うから」。
ピートは「エリナー・リグビー」をお気に入りとして挙げた。「哀調に満ち、美しく構築され、繊細で、かつ謎めいている。私がずっと憧れてきた英国の作曲家ヘンリー・パーセルの強い影を持つ、とても英国的(な作品)でもある」と述べた。
そしてピートは、ポールの自宅録音されたファースト・ソロアルバム『マッカートニー』を尊敬してきたとし、僅差の2位として収録曲「メイビー・アイム・アメイズド」を選んだ。
ブライアンが選んだ楽曲は「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」だ。理由として「素晴らしいメロディ、心の琴線に触れる歌詞、美しいハーモニー」を挙げた。「ポール、心からの音楽をありがとう。世界はあなたのおかげで、より良い場所なのです」。
オアシスのノエル・ギャラガーは、彼らがステージを降りてもプレイするという理由で、「レット・イット・ビー」を選んだ。ビートルズ通の彼にはこだわりがある。彼らはアルバム・バージョンでなく、異なるギターソロがフューチャーされたシングル・バージョンの方を演奏するのだという。この作品は「最高の賛美歌だ」とたたえた。
ではビートルズのプロデューサーで「5人目のビートル」とも称されたジョージ・マーティンはどのような見方をしていたのか。彼はお気に入りのポールの作品として「ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア」を選び、次のように述べた。
「とてつもないシンプルさをたたえ、とても美しい歌だからです。このように心に触れることのできる歌を書けるのは天才だけでしょう」。
期せずしてお気に入りがジョンと一致したのだった。
(文・桑原亘之介)