インターネットの普及とさまざまなツールのデジタル化で、紙の本に触れる機会が減っている。書店の数も減っているが、その分、図書館の役割は大きくなっているかもしれない。絵本や童話を読みに来る子どもたち、静かな勉強場所として閲覧室の机を確保しにくる受験生、研究や仕事の資料を探しに来る人、家の本棚が満杯で読みたい本は借りることにしたという人。読書会や講演会を開いたり、子育て中の親が子供たちの読み聞かせを通して交流したり、新聞や雑誌を読みに来るサロンとしても機能する。教養、調査研究、レクリエーションという図書館法にある図書館の目的はもちろん、その枠を押し広げるさまざまな試みがある。
海外に目を向ければ、無料でネットにアクセスできる端末を設置し、パソコン教室を開くなど「情報格差」を解消するための努力や、移民のための言語教室を運営したり、ティーンエージャーのための閲覧室をつくって中高生の放課後の居場所を確保したりと、地域のネットワークづくりや市民センターとしての役割を担う図書館も増えている。美しい書棚や建築で観光名所になっている図書館もある。国立図書館や地域の図書館、歴史ある修道院図書館など、国内外の図書館をめぐり、書棚の間を散策しながら、過去、現在、未来の図書館に思いを巡らせてみた。
■旧市街にある世界遺産ザンクト・ガレン大聖堂と修道院
初回はスイス東部のザンクト・ガレンにある修道院図書館。7世紀にアイルランドの修道僧ガルスが建てた小さな僧院が起原だ。小さな町だが、大聖堂も図書館も見応えがあり、のんびり1日を過ごすのにぴったりの場所だ。ザンクト・ガレンの駅からぶらぶら歩くとすぐに旧市街にたどり着く。その中心がこの大聖堂と修道院、そして図書館。すべて世界遺産だ。
ヨーロッパの聖堂はゴシックやロマネスクなど、初めて訪れたところでも大抵は既視感のある建築様式であることが多いが、18世紀後半に建てられたここはかなり珍しいバロック様式。祭壇の繊細な装飾はもちろん、いくつも並ぶ告解室の木の彫刻にカメラを向ける人は多い。大聖堂にしては小さめの入り口には、「ナポレオンが馬に乗ったまま入れないようにした」という言い伝えもある。
さて、併設されている修道院図書館。建物の階段を登ってチケットを買い、荷物をすべてロッカーに預けて図書館に向かう。入口に靴ごとはけるスリッパが用意されており、図書館内は床を傷めないよう、そのスリッパを履いて入らねばならない。
大聖堂同様、見事なバロック様式だ。図書館ごと美術館といっても過言ではない。中世の写本からグーテンベルグの頃の印刷物など、蔵書は16万冊を超え、その一部はページを開いた状態で展示もされている。窓から明かりの差す2階の書棚と天井を見上げると、入り口側の上部にはホルバインの「墓の中の死せるキリスト」。本物はバーゼルの市立美術館にある。明るい美術館の展示室で見るこの作品は迫力満点だが、この圧巻の天井装飾に連なる形で掲げられているこの絵画は、むしろ静かな威厳に満ちている。2万冊といわれる写本や手稿、世界最古だという9世紀ごろの建築設計図なども収められており、修道院の設計図は別棟の展示スペースで見ることができる。
図書館の書棚には金網が設置され、その場で手に取ることはできないが、申請すれば閲覧室で見ることもできるし、1900年以降のものは貸し出しもしているのだそうだ。つまり今も“現役”の図書館といえる。
図書館入口の上部には、ギリシャ語で「魂の病院」という文字が掲げられている。いつの時代も、書物は魂を癒やす力を持っている。
(軍司弘子)