最近傾聴に値するモーツァルト作品のディスクが2枚リリースされたので、ご紹介したい。まずはピアノ協奏曲第20番と第27番を収めたアルバム。アンヌ・ケフェレックがピアノ独奏を務め、リオ・クオクマン指揮のパリ室内管弦楽団が共演している。
モーツァルトの全作品の中でも重要な2本柱と称されているのが、オペラとピアノ協奏曲だ。特に、27曲あるピアノ協奏曲のうち、第20〜27番の8曲は、円熟の天才が残した不滅の傑作群といっていい。本ディスクにはその最初と最後の2曲が収録されている。
ケフェレックは1948年フランス生まれのピアニスト。現代を代表する名手の一人で、味わい深いモーツァルト演奏はまさに比類がない。ちなみに、1984年の映画「アマデウス」でピアノ協奏曲の演奏を担当したのも彼女だった。
第20番は、耳あたりのよい音楽が続いていたモーツァルトの協奏曲が深遠な世界へと移行した記念碑的な作品。モーツァルト初の短調による協奏曲でもある本作は、シリアスで劇的な迫力を有している。
第1楽章は、緊張感と推進力のある冒頭のオーケストラ提示部から耳を惹(ひ)きつけられる。ピアノが入ると“険しくも美しい”音楽が、ほどよい生気を漂わせながら展開される。第1楽章のカデンツァは、通常用いられるベートーベン作ではなく、ケフェレックの師アルフレッド・ブレンデルの作。これも希少な聴きものだ。第2楽章の天国的な主部は本当に晴れやかで美しく、ト短調の中間部の厳しさがそれを引き立てる。そして激しさが再来する第3楽章は、動的で生き生きした音楽が聴く者の胸を弾ませる。
第27番は、亡くなる年に書かれた清澄で諦観をも湛(たた)えた作品。この曲は、ただ達者に弾いても軽快に弾んでも様にならず、逆に淡々と弾きすぎると面白さを出せない。すなわち的確な表現がすこぶる難しいのだが、これまで接した生演奏で唯一満足させてくれたのがケフェレックだった。
第20番に続いて第1楽章が始まると、一転して穏和で安寧な世界が訪れる。このトーンが第27番の肝なのだが、本ディスクの演奏は一方にある精彩とのあんばいが絶妙だ。第2楽章の澄み切った音楽はケフェレックの真骨頂。そして第3楽章は、枯淡の中での変幻が自然かつ天衣無縫に表現されていく。
モーツァルトのピアノ協奏曲演奏の一つの理想ともいえるこの録音には、マカオ生まれの指揮者クオクマン率いるオーケストラの、表情細やかで引き締まったバックも大いに貢献している。
これは、天才作曲家の精髄と現代最高のモーツァルト・ピアニストの真髄を併せて堪能できる、特筆すべき1枚だ。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 21からの転載】
柴田 克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。