エンタメ

「光る君へ」第二十八回「一帝二后」大河ドラマの醍醐味を改めて感じた“一帝二后”に至る人間ドラマ【大河ドラマコラム】

 NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。7月21日に放送された第二十八回「一帝二后」では、一条天皇(塩野瑛久)が皇后・定子(高畑充希)と中宮・彰子(見上愛)という史上初めて二人の正妻を置く“一帝二后”に至る過程が描かれた。この回では、その歴史に残る出来事に至る緻密(ちみつ)なドラマ展開にうなった。

 “一帝二后”という左大臣・藤原道長(柄本佑)の案を、母・詮子(吉田羊)からの手紙で知った一条天皇は、「朕の后は、定子一人である」と拒む。それを聞いた蔵人頭・藤原行成(渡辺大知)は、一条天皇の答えを道長にそのまま伝えることができず、「お考え下さるご様子ではございました」と濁す。ところが、その言葉に手応えを感じた道長は「何とか、彰子さまを中宮に立てる流れを作ってもらいたい」と、行成の背中を押す。

 一方、一条天皇も、中宮にすることを拒みながらも彰子の元を訪れ、「そなたは中宮になりたいのか」と改めて尋ねる。その問いに「仰せのままに」としか答えない彰子の様子に、母の言いなりだった自分を重ねて不憫(ふびん)に思った一条天皇は、「朕にとって、いとしきおなごは定子だけである。されど、彰子を形の上で后にしてやってもよいのやもしれぬ」と心を動かす。それを聞いた行成は、道長に「彰子さまを中宮にしてもよいと、はっきり仰せになりました」と伝える。

 この一条天皇と行成を経由した道長とのやりとりには、微妙な“言葉のあや”がある。一条天皇は彰子を中宮にすることについて「よいのやもしれぬ」と、迷っていたが、それを行成は決断したかのように道長に伝えている。行成の勇み足のようにも見えるが、その前に行成が「お考え下さるご様子ではございました」と、道長の苦労をおもんぱかって言葉を濁していたことを考えると、ここで前のめりになる気持ちもわからなくはない。

 だがその言葉を聞いた道長は「よくぞ帝のお気持ちを動かしてくれた」と喜び、行成に「今日までの恩、決して忘れぬ」と感謝を伝える。これに感極まった行成は、後に引けなくなり、「まだ心が決まらぬ」と再び迷いを見せる一条天皇に、「一天万乗の君たる帝が、下々の者と同じ心持ちで妻を思うことなぞ、あってはなりませぬ」と、今までにないほど厳しい態度で決断を迫る。

 こうして彰子の中宮立后が決定するが、その過程には、さまざまな人々の複雑な感情がきめ細かに描かれたドラマがあり、それを表現する俳優陣の演技も見事だった。何としても娘の彰子を中宮にせねばと願う道長を演じる柄本、彰子を中宮にすることに迷い、揺れ動く一条天皇を演じる塩野、一条天皇に忠実でありながら、道長に肩入れしてしまう行成を演じる渡辺、蚊の鳴くような声で「仰せのままに」と答え、彰子の哀れさをにじませる見上の演技…。どれかが少しでも強過ぎたり、弱過ぎたりすれば、物語の説得力は、おそらくだいぶ違っていたに違いない。前段のドラマが丁寧に描かれていたからこそ、その後、貴族たちがそろい、華やかな衣装で盛大に行われた彰子の立后の儀式も引き立ったといえるのではないだろうか。

 現代を生きる私たちにとって「資料に書き残された千年前の歴史」に過ぎない出来事を、脚本と俳優陣の演技、演出が一体になることで、鮮やかな人間ドラマとして目の前によみがえらせる。そんな大河ドラマの醍醐味(だいごみ)を改めて感じさせる回だった。

(井上健一)

(C)NHK