グルメ

コンクリート街で草原の味を思い出す 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

2015年9月、内モンゴルにて(筆者撮影)

 東京・御徒町(おかちまち)に「羊香味坊」という店がある。中国黒龍江省出身の梁宝璋さんが率いる「味坊集団」が営む店で、その名を冠する通り羊肉に特化した店舗だ。

 店員は中国の人ばかり。元気の良い中国語が飛び交う。店員同士、何やら冗談を言い合ってお客さんそっちのけで爆笑している。この雰囲気が、なんだか安心する。店員であっても、その人らしさを失わない。客の私も、食べて金を払うこと以外別に何も期待されていない。

 串を焼く炭火の熱気、蒸籠(せいろ)の湯気、中華鍋を振る大きな音。カウンター席から眺める料理人の華麗な手捌(さば)きに見惚(と)れてしまう。あっという間に、羊肉とクミンの炒め物が出来上がる。カリカリに揚がった羊とシャキシャキのタマネギ、山盛りのパクチー。最高に美味(おい)しい。

 ワインのインポーターをしている友達と訪れたときは、店の冷蔵庫からワインボトルを選んでもらった。ナチュラルワインが様々に取り揃えられていて、客が勝手に取っていく。「これで飲むとまた違うんすよ」と言って、友人が紹興酒を飲んでいた茶碗にワインを注いだ。グラスで飲むより香りがふくよかに広がって、スパイシーな料理と良く合う。中華らしい豪快さと活気がありながら、味はどれも気が利いていて隅々まで美味(うま)い。

 羊を好きになったのは内モンゴルに行ってからだ。大学1年生で初めて訪れ、結局3度も通った。シンプルな旅だ。馬に乗る。食べる。寝る。それだけ。何もない草原を馬に乗って駆ける、そのためだけに毎回船と寝台列車で往復5日ほどかけた。

 モンゴルで御馳走(ごちそう)といえば、羊の丸焼きである。客人のために羊を1頭潰(つぶ)し、直火(じかび)で焼いてくれる。捌くときに血は一滴も大地に流さない。羊は暴れることも鳴くこともなく、静かに事切れる。皮を剝(は)いだときに立ち昇る湯気だけが、羊がたった今まで生きていたことを証明してくれる。

 ここが一番美味いんだ、とモンゴル人がナイフで削(そ)いで渡してくれたのは、炙(あぶ)った尻尾の肉だった。彼らの飼う羊は尻尾が座布団みたいに大きくて、走るとパタパタ揺れる。肉は脂が乗っていて、口に入れた途端にとろける。羊の脂独特の香りと甘さが絶品だった。

 羊の肉を食べるたびに、モンゴルの景色を思い出す。草原の夜、ゲルを照らす焚(た)き火と羊の匂い、満天の星。あの尻尾をまた食べたいと夢見ながら、とりあえずは大都会御徒町で羊を味わっている。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 14からの転載】

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。