このところ日本では、外国人などに対するヘイトスピーチと呼ばれる憎悪表現や人種差別的な貼り紙などが相次いで問題化している。極端な民族主義・排外主義を主張する右派系グループによって、在日韓国・朝鮮人の排斥を掲げるなどの活動が行われているのはご存じのとおりだ。
また四国遍路の休憩所で外国人に対する差別的な文言が印字された貼り紙や寄せ書きノートへの書き込みが次々に見つかる事件もあった。
こうした状況を背景に、2016年1月に大阪市はヘイトスピーチを抑制する目的の条例を、全国で初めて制定した。国会では、ヘイトスピーチを禁じる法案が2015年5月、民主党などから提出されたものの、現在継続審議となっている。
かつてビートルズの「ヘイトスピーチ」ではないかと一部で問題になった歌詞があった。69年のヒット曲「ゲット・バック」の初期テイクにつけられていた歌詞で、熱心なビートルズファンの間では海賊盤に収められていたことで有名だ。
「ゲット・バック」の初期テイクは「ノー・パキスタニズ」(No Pakistanis)と題され、「パキスタン人は気にくわない。みんなの仕事を奪っている」(Don’t dig no Pakistanis, taking all the people’s jobs)という歌詞があったのである。そしてポールは声を張り上げて「元居た場所に帰れ!」(Get back to where you once belonged)と連呼したのである。
これは当時、イギリスに大量に流入したパキスタン人などアジア系移民についての新聞記事がもとになっていた。流入する大量のパキスタン人が自国民の職を奪うのではないかと当時問題になり、排斥すべきという空気が漂っていたことが背景だ。
主にこの曲を作ったポールは、「公営アパートがパキスタン人でいっぱいである」といった状況を歌にして自国の現状を逆説的に訴えようとして当初このタイトルをつけたのだが、逆に排斥につながるのではないかとの懸念から、他愛のない歌詞に改められたのだ。
ポールはのちにこの問題について「この歌詞は人種差別でなくて、反人種差別主義だった。人種差別をしないグループの筆頭がビートルズだったのだから」と主張、「モータウンなどの黒人音楽を最初に見出し認知したのがビートルズの面々だったのだから」としているが、当時の彼らは誤解されることを避けたかったのだ。
これに懲りたはずのポールだが、80年に再び「フローズン・ジャップ」(Frozen Jap)、日本では「フローズン・ジャパニーズ」(Frozen Japanese)とされたインストゥルメンタル曲のタイトルで物議をかもすことになる。なにせタイミングが悪かった。発表されたのが同年5月。その4カ月前に来日公演のために成田空港に降り立ったポールは大麻不法所持で逮捕され収監されていたからである。
「ジャップ」という言葉の解釈や、同曲が収められた『マッカートニーII』のアルバムの内ジャケットに、ポールが着物のような衣服を着てメガネをかけた「日本人」に扮したり、手錠のように見えるおもちゃを持っている写真が使われていたことなどが、「疑惑」を生んだことは事実だ。
ポールはこの曲は、日本での逮捕劇の前である79年夏にレコーディングしていたという。「シンセサイザーをいじっていたら、突然東洋的なものができたのだ。ふさわしいタイトルを考えていると、雪をかぶった富士山とかそういうイメージが浮かんだ」ことからつけられた東洋的なるものを指す意味だったと釈明した。
ポールを弁護すると、彼は68年に、黒人女性を念頭に黒人ら少数派(マイノリティー)の公民権運動を応援する「ブラックバード」という歌を書いている。
くわえて82年には盲目の黒人アーチストであるスティービー・ワンダーと共演し、黒人と白人を黒炭(ebony)と象牙(ivory)やピアノの黒鍵や白鍵にたとえ異なる人種の共存共栄を訴える「エボニー・アンド・アイボリー」という曲を発表している。
(文・桑原 亘之介)
桑原亘之介
kuwabara.konosuke
1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。