ビジネス

「二地域居住」「関係人口」 地域の活力はよみがえるか 菅沼栄一郎 ジャーナリスト 連載「よんななエコノミー」

 「気仙沼ビズ」(ビジネスサポートセンター)は、宮城県気仙沼市のマグロ漁船が連なる港が見渡せる堤防の上にある。

 市内の企業からのビジネスの相談が主な業務だが、最近は、都市部のキャリア人材を狙った取り組みにも力を入れる。

 東日本大震災から今年で15年。復興支援で活躍した若いボランティアの移住者も目立つが、ビジネスにおける即戦力も求められている。

 地方創生を進める国土交通省は2024年秋に「二地域居住促進法」を制定。25年春には先導的プロジェクトを募集し、気仙沼市など14団体の官民連携コンソーシアム(共同事業体)を選んだ。

 気仙沼では40〜60代のミドル・シニアを中心に現地ツアーを企画したところ、参加した20人のうち15人がその後も気仙沼と関わりを持った。

 その中の一人は、今年から副業として水産加工会社のIT関連業務を始めた。埼玉県に住みながらリモートワークで業務をこなし、いずれ東北地方に拠点を移す予定だ。建具・リフォーム企業の新事業開発をサポートする〝プロボノ〟も動き出した。今年4月には、転職・移住予定の参加者もいる。

 気仙沼ビズの斉藤康子事務局長(43)は言う。「気仙沼は古くから港町として世界の船や人を受け入れてきた。この外からの人を受け入れる空気がここにはあります」。栗山麗子センター長(51)も「密な都会と違って、地方には時間や役割の余白がある。気仙沼は帆船の時代、風待ちの場でした。人生の再出発にもふさわしい場所だと思います」。

気仙沼ビズの栗山麗子センター長(右)と斉藤康子事務局長=斉藤さん提供

 2人は、自らも「セカンドキャリア」だ。斉藤さんは2年前の夏、東京の飲食店長にきりをつけ、20年ぶりにUターン。故郷は、内湾の入り口に新しい橋がかかるなど震災の傷跡も整備が進み、生まれ変わったようにも見えた。半面、活気のない街に危機を感じる時もある。

 震災時のボランティアで移住した若い人も多い。気仙沼湾の東にある唐桑(からくわ)半島に、震災直後にボランティアで飛び込んだ犀川(さいかわ)由香利さん(44)は、移住してから10年目に住民票を大阪から移した。「ボランティアに区切りをつけて、生活を整えました。みんな、それぞれの自分に合ったスタイルで生きていければいいと思う」

 「関係人口」(地域外に拠点を置きながら地域と継続的に関わる人たち)という言葉を提唱し、石破茂前首相の地方創生を後押ししてきた高橋博之さん(51)=(株)「雨風太陽」社長=は「今年は、総務省のふるさと住民登録制度のモデル事業も、いよいよ始まります」と期待をかける。

 人口減少にストップがかからない日本列島のあちこちで「都市と地方をかきまぜる」(高橋さんの著書)など、さまざまな知恵が動き始めた。

(ジャーナリスト・菅沼栄一郎)

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.7からの転載】