昨今、人手不足が深刻な状況にあります。日銀短観の雇用人員判断DIは、足元、1980年代後半のバブル期に近い水準にあり、とりわけ中堅・中小企業において人手不足感が強いことは明らかです。
一方、賃金水準を見ると、名目賃金は上昇傾向にあるものの、物価上昇のペースに追いつかず、実質賃金は、90年代後半の金融危機直前にピークアウトして以降続く、低下トレンドを脱したとは言い難い状況にあります。すなわち、人手不足でありながら、そうした状況が実質賃金上昇につながっていないのです。
なぜ実質賃金は頭打ちとなっているのでしょうか。わが国の総労働者数は、近年増加傾向にあります。生産年齢に該当する男性労働者が減少する一方で、女性や高齢者の就業者が増え、総労働者数の増加に寄与しています。男性労働者が、女性と高齢者に置き換わっていることが、賃金の下押しにつながっている可能性があります。
産業別・職業別に見ると、近年、労働者確保の面で明暗がみられます。産業別では、足元の5年間で雇用者数が増えたのは、情報通信業と医療・福祉の分野です。一方、商業、金融、宿泊・飲食サービス業では、大きく雇用者数を減らしました。職業別に見ると、専門的・技術的職業や事務的職業では雇用者数が増えているものの、販売や工場の現場では減少しました。
雇用者数が増えている産業や職業があるということは、十分かどうかは別にして、採用に成功している企業はあるということです。雇用者数が減っている産業・職業分野の一部では、賃金を十分引き上げることができず、人をつなぎ止めることができていないとみられます。もっぱら企業人から語られる「人手不足」を言い換えると、「従来の安い賃金で働いてくれる人がいない」ということなのではないでしょうか。
中小企業が労働者の確保を図るのであれば、設備投資や人的投資を積極的に行い、生産性を向上させ、賃金の引き上げにつなげていく好循環を自ら回していくことが必要です。漫然と構えていても、もう人余りの時代に戻るとは考えにくく、これまでのように、補助金で国が支えてくれることも期待薄です。
昨年、中小企業庁は、「100億宣言」という取り組みをスタートしました。これは、各社の社長に、一定の期間までに売上高100億円の達成を明言させ、売り上げ増や生産性向上に資する投資や業態転換を、国が支援するというものです。これまでの中小企業政策は、護送船団的に事業継続や雇用の維持を前面に押し出したものでしたが、100億宣言は、成長意欲の高い企業を選んで積極的に支援するものです。わが国の中小企業政策における転換点となる施策の一つと位置付けられ、すでに2千社以上が名乗りを上げています。
地方の雇用は、多くの中小企業に支えられています。中小企業がしっかりと若い世代を雇用していかなければ、地域からの人口流出は止まりません。少ない人手でより多くの富を生み出すことや新たに若い人材を採用するために必要な取り組みを、戦略的に進めていくことが求められます。
(日本総合研究所 調査部 主席研究員 藤波匠)
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.10からの転載】









