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【イタコはいま】② 「イタコ文化」を絶やしてはいけない! 青森県いたこ巫技伝承保存協会の江刺家均会長に聞く

ph1 郷土史家の江刺家均さん(左)と「最後のイタコ」松田広子さん。
郷土史家の江刺家均さん(左)と「最後のイタコ」松田広子さん。

 歴史的伝統的技芸ともいえる「イタコ文化」を絶やしてはいけない! イタコの後継者育成への支援を続ける、郷土史家で青森県いたこ巫技(かんなぎ)伝承保存協会の江刺家均(えさしか・ひとし)会長は力を込める。

 「現在、正統なるイタコはわずか6人です。そのうち、死者をあの世から呼び出して自分に乗り移らせて言葉を発する『口寄せ』ができるのが3人。別の1人がおはらいや祈祷を行うイタ。残る2人は超高齢イタコですでに“引退”しています」

 「口寄せ」を行える3人のうちの1人はすでに91歳を超えており、おはらいや祈祷を行う1人も77歳であるなど、高齢化が進む現状に江刺家さんは危機感を持つ。残る1人が、現役最年少のため「最後のイタコ」と呼ばれる松田広子(まつだ・ひろこ)さんである。

 第2次大戦後、新たな師匠イタコの育成がなされてこなかったし、実際に弟子をとったイタコも3人のみだったという。「平成に入ると(師匠イタコの)林ませが亡くなった。彼女の教え子の1人が松田広子なのです」と江刺家さんはいう。

 江刺家さんによると、霊感が強いからイタコになりたいという人がいるが、イタコに本当に必要なのは「霊能力」ではなく、「記憶力」と「忍耐力」なのだという。
 江刺家さんは次のように語る。

 「4、5年のうちに(新たなイタコの)養成に入りたいと考えています。しかしそれには資金が必要なので、クラウド・ファンディングを利用しようと思います。(応募条件としては)年齢が20歳前後で、試験は記憶力と忍耐力を試すようなもの。約10人しか選ばないが、そのうちに2、3人の適格者を探していくつもりです」
 「イタコの1人、2人を育成してから、亡くなりたいと思っています」

 江刺家さんが拠点とする八戸のイタコの始まりは山伏の修験道(しゅげんどう)だったという。「山伏の女房で目の見えないものがイタコを務めたとされます。興味深いのは、松田が唱える般若心経には山伏修験の言葉が混じっていることです」という。

 師匠から弟子への伝承は口から口へ、すなわち口伝(くでん)によって行われてきた。最初はイタコになろうという人は仕事の合間などに時間を見つけて学び、やがて師匠と寝食をともにして、2、3年かけて独り立ちするという。

 「たくさんの経文を覚える必要があります。人によって守護霊が違うので、唱えるお経が違ってくるのです」と江刺家さんはいう。口寄せやおはらいには経文を、神事には祭文を唱えるので、何十種類にもおよぶ経文や祭文を覚えなければいけない。般若心経や観音経などのお経、神社で唱える祝詞に加えて、おはらいや占いの方法など学ぶことが多いという。

 「“歴史的伝統的イタコ”とは、まず師匠の子弟系譜が4代、5代というようにはっきりしていなければいけません。もう一つ大事なのは、師匠から授かったムクロジの実をつなぎ合わせた長い数珠、いわゆる“イタコ数珠”と神仏とつながるための大切な道具である“オダイジ”と呼ばれる竹筒を持っていることです」と江刺家さんは説明する。

 江刺家さんは続けて「イタコはオダイジを背負います。中には経文の一部が入っています。新しくイタコになった人が悪霊や生霊にとりつかれないように守るものなのです」という。

 「イタコが亡くなった人の魂を呼べるのは33回忌までです。そこまで供養すると、それ以降は魂がお釈迦様の懐に抱かれて、この世に来なくなるのです」。

 下北半島の霊山・恐山とイタコは切っても切れない関係にあると思われがちだが、それは違うと江刺家さんはいう。

 「イタコにとって不可欠な場所ではありません。夏と秋の大祭の時に行って口寄せをするのです。客数が多いので、1年の食い扶持を大祭だけで稼ぐイタコがいたほどでした。だが今では大祭をやっても来る人は6割減りました」

 寺山修司が監督・脚本を手がけた映画『田園に死す』(1974年公開)にイタコが登場したことによって、恐山はいわば「全国区」になった、と江刺家さんはいう。

 「かつて青森には恐山のように死者が集まる山が何か所もありましたが、今は恐山と五所川原市金木の川倉賽の河原地蔵尊の2カ所の“イタコマチ”が残されるだけとなりました」

 江刺家さんは語る。
 「現在の日本では即物主義が広まり、目に見えるものしか信じられない社会になってしまいました。しかし、この世は無常、死は誰にでも訪れます。いつ何時、災害死や事故死、自殺などで愛する人との突然の別れが訪れないとも限らない。そうした時に『悲しみの受け皿』が必要なのです」

 「ここ数年目立つこととしては、日本人の心が疲れてしまっていることがあります。精神的な疲れや心身のバランスを崩している人が増えている。若者が自殺するケースも多い。心の悩みを抱える人たちに寄り添う仕事がイタコなのです」

 「イタコは神様仏様を背にしての仕事です。ですから相談者は神様仏様の前で隠し事をするとバチが当たるとして、洗いざらい話をしないといけない気持ちになります。それに対して、カウンセラーや医者の前では本音を隠してしまう」
 すでに「絶滅危惧種」といわれているほど減少したイタコ。もしイタコがいなくなってしまったら、という問いに対して江刺家さんはこう答えた。「カウンセラーや医者が信用できないとなれば、イタコが“選択肢”に上りやすい。しかし、いなくなってしまえば、自称イタコや神様仏様の人が増えると思います。ちょっとした新興宗教に行くとかね」

 しかし、それも金銭的に問題となるのではないかと江刺家さんはみている。「そういう場合、お布施だったらすぐに3万円とか10万円とかの金額になるから、商売する人が多く出てくるでしょう。イタコは既存の宗教ではすくい取れない悲しみを癒やす存在であり続けており、死者の口寄せも1件につき5,000円に抑えられています」

 イタコはもっぱら過去を相手にしていると思われがちだが、「過去を占うことで、今日そして明日を良くしていこうという前向きな姿勢なのです」と江刺家さんは述べた。

 即物主義の世の中での心の大切さが説かれる不思議な時代。今年夏に蛙企画(東京)から写真集『Talking to the Dead』が出版された。和多田アヤさんが撮ったイタコの表情や霊場の神秘的な美しさがこの上なく素晴らしい作品だ。