社会

防災学習の課題を意見交換 「世界津波の日」座談会

 

 11月5日の「世界津波の日」を記念した座談会がこのほど、東京都内で開かれた。座談会には、谷公一・国土強靱化(きょうじんか)担当相が、防災活動に取り組む岩手県や静岡県の大学生、岩手県の中学校で東日本大震災を経験した元教諭らと防災学習の在り方などさまざまな課題について意見交換した。

 楽しく学ぶと学習効果は高まる 具体的にイメージする試みも大事

 座談会には、谷・国土強靱化担当相のほか、政府のナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会委員の田中里沙・事業構想大学院大学学長、岩手県釜石市立釜石東中学校元教諭の糸日谷美奈子さん、岩手大教育学部3年の野呂文香さん、静岡大人文社会科学部2年の藤本湧磨さんが参加した。進行はフリーアナウンサーの戸丸彰子さんが務めた。

「世界津波の日」座談会の参加者
「世界津波の日」座談会の参加者
 津波の速度を体感

 東日本大震災3カ月後の2011年6月に議員立法で成立した「津波対策の推進に関する法律」は、津波対策への理解を国民が深める「津波防災の日」を11月5日とした。さらに日本が指導力を発揮して、15年の国連総会決議で11月5日は「世界津波の日」にもなった。11月5日が、津波対策への理解を世界の人々が深めるきっかけになればありがたい。

戸丸 東日本大震災の時、釜石市の中学校教諭だった糸日谷さんは生徒全員を無事避難させた。なぜそんな「奇跡」を起こせたのか。

(説明なし)

糸日谷 奇跡といわれると違和感がある。大地震のすぐ後には大きな津波が学校を襲うことを子どもたちは防災学習で学んでおり、「知っていたから逃げた。当たり前」と言っていた。この認識をもっと地域に広げていれば亡くなる人は少なくなったと思う。

戸丸 行動につなげるための防災学習上の工夫は。

糸日谷 過去の津波の到達点を表し、学校より高い所にある石碑を子どもたちと見学した。津波と学校の位置関係を確認し「学校にいたら助からない」と学んだ。津波の速度(時速36km想定)で走る車とグラウンドで競走し、地震後すぐ逃げないと間に合わないことも体で知った。防災学習が進むと、子どもたちは「助けられる人から助ける人」に変わり、学んだことを小学生やお年寄りに伝える活動を始めた。

糸日谷美奈子さん(いとひや・みなこ) 1978年岩手県生まれ。岩手県釜石市立釜石東中学校元教諭。わくわく実験工房代表。
糸日谷美奈子さん(いとひや・みなこ) 1978年岩手県生まれ。岩手県釜石市立釜石東中学校元教諭。わくわく実験工房代表。
 防災学習の大切さ

戸丸 野呂さんは東日本大震災当時、釜石市立甲子小学校の3年生だった。大震災を体験して学んだことは。

野呂 内陸部に住んでいたので津波に対する認識は不十分だった。避難した校庭で大津波警報のサイレンを聞いたが意味が分からず「これって何?」と先生に聞いた。釜石市内の被害現場を約1週間後に訪れ、初めて津波の怖さを知った。津波の映像を当時見て自分が海の近くにいたら生きていなかったかもしれないと思った。東日本大震災を通して防災学習の大切さを知った。内陸部の子どもたちにも津波のことを伝えたいと考え、教育学部に進学した。

野呂文香さん(のろ・あやか) 2001年岩手県生まれ。岩手県釜石市立甲子小学校3年生の時、東日本大震災を体験した。
野呂文香さん(のろ・あやか) 2001年岩手県生まれ。岩手県釜石市立甲子小学校3年生の時、東日本大震災を体験した。

戸丸 藤本さんが防災に取り組むきっかけは。

藤本 高校生向けの防災教材作りに高校生のときに参加したのが本格的な出合い。この経験から、防災活動にはもっと若者の参加が必要だと感じ、同世代の若者と一緒に継続的に取り組もうと防災活動団体「ニューユニバーサルアクト」を立ち上げた。静岡県内の小中学校や高校、特別支援学校などで基礎的な知識を伝える防災授業に取り組んでいる。すごろくなどを使い一人一人が楽しく自分事として防災を体験する授業だ。

糸日谷 学んだことを地域の人に伝える活動は楽しい思い出として残る。楽しく学んだことは身に付く。一方、現在行っている小中学校の教員を対象にした防災講座では、震災時には大人もパニックになることや知っておけばよかったこと、やらなければならなかったのにできなかったことなど、成功体験より後悔したことを伝えるよう心がけている。

藤本湧磨さん (ふじもと・ゆうま) 2002年静岡県生まれ。22年2月活動を始めたNPO法人ニューユニバーサルアクト理事長。
藤本湧磨さん (ふじもと・ゆうま) 2002年静岡県生まれ。22年2月活動を始めたNPO法人ニューユニバーサルアクト理事長。
 記憶を風化させない

田中 こうすべきだと頭では分かっても行動に移せないことはある。想定されるリスクに対しては、過去の津波の石碑を訪れたり津波の速さを体験したりして具体的にイメージしておくことが大事。情報や知恵を積み重ねることで津波への理解は深まる。防災は全ての人に関わることであり、接点やきっかけを見つけて共有していく視点が重要。

田中里沙氏(たなか・りさ) 1966年三重県生まれ。2021年からナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会委員。
田中里沙氏(たなか・りさ) 1966年三重県生まれ。2021年からナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会委員。

 人間は忘れるからこそ日々生きていける面があるが、忘れてはいけない災害の体験、教訓を若い人にも伝えていくことは難しく、工夫しながら粘り強く取り組むことが必要。私が体験した1995年の阪神淡路大震災ではなかった試みだが、東日本大震災では傷ついたものを、記憶を風化させないためにそのまま残す「震災遺構」の取り組みがたくさん生まれた。各地で災害の伝承や防災に対する取り組みができる若い人が育ってきたことは頼もしいことだ。

谷公一氏(たに・こういち) 1952年兵庫県生まれ。衆院当選7回。2022年8月から国土強靱化担当相。
谷公一氏(たに・こういち) 1952年兵庫県生まれ。衆院当選7回。2022年8月から国土強靱化担当相。
 次世代に伝えたい

戸丸 今後さらに力を入れたいことは。

野呂 どの地域に住んでも災害から生き延びる子どもを育てることが目標で、そのためには地域の良さを知ることが大切だと感じている。釜石は津波が来るから怖い所、逃げなければならない所という恐怖感だけを与えてしまえば「だったら釜石以外に住めばよい」と子どもたちは思ってしまう。例えば釜石なら、海の幸に恵まれているなど、たくさんの良いところを伝える。その上で津波への備えを子どもたちと一緒に考えていきたい。

藤本 あらゆる災害の対策に目を向ける重要性を子どもたちに伝えていきたい。地震や津波の対策に力を入れている静岡県は近年、地震、津波以外の災害が増えた。今年9月の台風による大雨で私が住む静岡市は大きな被害を受けた。この水害で地震や津波の対策だけでは防災は万全でないと気付いた。地震や津波の対策はもちろん、台風や大雨、土砂災害にも目を向ける必要がある。その必要性を次世代の子どもたちにもしっかり伝えられるよう勉強したい。

糸日谷 防災講座を通じて全国の教員の防災意識を向上させ、横の連携をつくっていきたい。趣味の菜園を防災拠点にしたいとも考えている。菜園に人が集い、つながれば災害時の孤立を防げ、作った野菜は災害時の炊き出しに使える。井戸やバイオトイレを備えれば屋外の避難場所にもなるはずで、自分の趣味が防災につながることを伝えていきたい。

 情報や経験の共有を

戸丸 議論全体を通した感想や提言を。

戸丸彰子氏(とまる・あきこ) 1972年群馬県生まれ。テレビ金沢のアナウンサーを経て2006年からフリー。
戸丸彰子氏(とまる・あきこ) 1972年群馬県生まれ。テレビ金沢のアナウンサーを経て2006年からフリー。

田中 教師を目指す野呂さん、藤本さんをはじめ、糸日谷さんの防災講座を受講する現職教師の方などが防災を身近な課題にして、日ごろから意識して行動する人を増やしていくと期待している。現代は個人が情報発信力を持つデジタル社会なので、市民同士が防災上のアイデアや工夫、情報、経験を共有しやすい。共有すれば防災活動の質は高まる。災害時に人と人がつながり、助け合う共助も拡大するだろう。

谷 阪神淡路大震災を経験して思ったのは、住民の命を守れない国や地方自治体とは一体何なのか、ということ。国や自治体は災害の発生を「まさか(起きるとは)」で済ますことはできない。災害への備えなしに「何とかなる」ということはなく、災害時にどう行動すべきかが分かるはずもない。災害はさまざまな分野で幅広い対応が必要で、できていないと災害時に弱さが露呈する。自分もしっかり頑張っていきたい。

 世界津波の日
 2015年12月の国連総会で11月5日を世界津波の日とする提案が全会一致で採択された。日にちは、1854年11月5日に発生した安政南海地震にちなむ。この日、和歌山県の浜口梧陵は地震による津波から多くの人命を救った。梧陵は積んでいた稲むら(刈った稲)に火を付けて津波の襲来を知らせ、住民を安全な場所に避難させた。梧陵の優れた行動は「稲むらの火」の物語として語り継がれている。稲むらの火の物語は小泉八雲の小説で世界にも紹介された。