「無視される虐殺」が示す「人道支援」の本気度

「無視される虐殺」が示す「人道支援」の本気度 画像1
水かけ祭りに参加しないよう呼びかける若者たち(Facebookより筆者作成)

 助けを求めているのに、誰もが沈黙したままだ。子どものころ、世界から見捨てられたような思いを抱いていた。没落した炭鉱地帯の故郷では暴力団が幅を利かせたり、近隣の町の町長が射殺されたりする事件が頻発していた。炭鉱王の一族出身である隣町の国会議員はなぜ何もしないのか。荒涼として未来など見えない社会に映った。

 ミャンマーの友人たちと話すとその時の思いが一瞬、よみがえる。ウクライナ情勢に国際社会の目が集中している今は特にそうだ。

 昨年2月のクーデター以降、ミャンマー国軍に殺害された市民は約1800人。弾圧に抵抗して武器を取った若者たちや反軍政を明確にしている少数民族武装勢力はもちろん、一般住民に対しても国軍は空爆や砲撃を続けている。

 国連人権高等弁務官事務所は3月半ば、クーデター以降で初となる包括的報告書を発表し、「国軍は戦争犯罪など組織的人権侵害を犯している」と指摘した。バチェレ人権高等弁務官は、拷問、射殺、焼殺、「人間の盾」など、国軍が起こしている状況を詳細に説明し、国際社会に効力のある行動を取るよう呼びかけた。

 反応は無きに等しかった。「オーストラリア政府が、国軍を離脱した兵士を受け入れている」ことが国軍に動揺を与えているという独立系ネットメディアの報道はあったが、国際社会の関心はウクライナ情勢に集中していた。抵抗勢力をたたきつぶしたいミャンマー軍事政権には好都合の状況だろう。

 ミャンマー軍政にとって、ロシアとウクライナは武器や戦車を供給してくれる国々である。軍政はロシア支持を表明する一方で「ロシアの行動が中国に与える影響」について協議した。中国は、天然ガスと石油を運ぶためミャンマー西部から中国・雲南省までのパイプラインを建設したが、軍事政権に抵抗する勢力からたびたび攻撃されている。「中国の権益を守る能力がない」と判断された時に「中国はロシアのように侵攻するのではないか」。そんな不安を軍政は拭い切れないようだ。

 ミャンマー市民は静かに抵抗を続けている。4月半ばにはミャンマー暦の新年を迎える最大の伝統行事「水かけ祭り」が行われ、軍政は「祭りの喜びに湧く市民」を演出しようとした。兵士が厳重に警備する中で、民族衣装の女性たちの集団舞踊などがテレビ中継されたが、市民は自宅に引きこもる形で抵抗した。

 粘り強い市民の抵抗は、国際社会の関心を引かない。ミャンマー人ジャーナリストのジンミンマウン氏は「軍による市民虐殺は国の違いにかかわらず重いはずだが、実際には、各国の国益がどう絡むかで扱われ方が異なる。だからミャンマーやアフガニスタンでの戦争犯罪や虐殺は内政問題とされてしまう」と語る。

 このままでは今後、状況はさらに複雑になるだろう。ウクライナ情勢で人道支援を声高に叫ぶ日本を、アジアの隣人は見ている。人命保護は本気なのか、自国の利益を守りたいだけなのか、隣人として信頼できるのか―。

ジャーナリスト 舟越 美夏

 

(KyodoWeekly5月16日号から転載)