ベトナムのハノイに勤務していたある日、支局スタッフが教えてくれた。「ベトナムでは、敵が来れば女も戦う、というのよ」。歴史上、さまざまな国の侵略を受けたこの国には、祖国の独立のために武器を取った女性たちのエピソードが少なくない。
しかしミャンマーの軍事政権がこのほど出した「兵士の妻も武器を取れ」という命令は、ベトナムの女性たちが武器を取った歴史とは、意味合いがずいぶん違う。
ミャンマーでは9月上旬、反軍政の民主派議員らが発足させた挙国一致政府(NUG)が、市民らに蜂起を促す宣言を発表した。軍事政権はそれを「空虚だ」と決めつけたが、その一方で兵士の妻たちには、NUGが創設した人民防衛隊の襲撃に備えて武装するよう求める命令を出していたのだ。
軍事政権は危機感を抱いているのだろうか。本格的な内戦が始まるのか。妻たちはどんな気持ちでいるのだろう。そんなことを考えていた時に、民間メディア、ミジマが自らのラジオ局で、国軍を離脱し少数民族武装勢力のジャングルにいる将校らと、夫と行動を共にしている妻たちのインタビューを放送した。彼らのようにジャングルで民主派と行動を共にしている兵士や警察官は現在、2千人超とみられており、家族を連れている者も少なくないという。
「ミャンマー国軍では兵士は、どんな命令にも服従しなければならず、人権はないに等しい。それが市民への人権侵害にもつながっている」と指摘したスーティッさんは、大尉の妻だ。軍曹の妻、キントゥエさんは「妻でさえも、命令に従わなければ軍法会議にかけられ、居住している軍の宿舎から追放されてしまう」と明かす。兵士の妻は上官の家の雑事なども命じられ、「上官の妻」の命令に従わなければならないという。
「なぜ、誰のために妻が武器を取らなければならないのか国軍は説明するべきだ」と、匿名の「大尉の妻」は憤る。国軍は「市民は兵士の家族にも憎悪を抱いている」「人民防衛隊は軍宿舎を襲撃し、家族を殺害する」と繰り返して妻たちの恐怖心をあおり、「武装やむなし」の方向へ誘導しているという。
国軍が妻たちを前線に送ることは「今のところ」ないが、「18歳に達した兵士の家族は戦闘に参加せよ、と命じることも将来、あるかもしれない」と、将校らは予測している。
テッミャッ大尉は「人民防衛隊には市民や兵士の家族は攻撃しないという行動規範がある。軍事政権に惑わされないでほしい」と語るが、武装すれば「兵士の家族」であっても攻撃の対象となるだろう。国軍が今後、家族を動員して民主派と対峙(たいじ)させる可能性も否定できない。
「妻も武器を取れ、と命じる軍は沈みつつある船のようだ。兵士の家族の人権を守ってほしい」。インタビューで妻たちは口々に訴え、軍宿舎に残る友人たちを気遣っていた。
2月1日のクーデター以降、抗議運動に参加して国軍に殺害された市民は1千人以上。残念ながら今後、さらに多くの血が流れるのは明白だ。国際社会は「暴力は解決にならない」と唱えているだけである。
ジャーナリスト 舟越 美夏
(KyodoWeekly10月4日号から転載)