創業97年の老舗製造業がサービス事業を拡充し、本格的な「H&S企業」へ――。石油精製や半導体製造装置などさまざまな産業向けに配管・機器用シール材を手がけている「バルカー」(東京都品川区)が2023年4月にリリースした設備点検プラットフォーム「MONiPLAT(モニプラット)」の導入社数がこのほど1000社を突破した。
創業100年を目前に控え、老舗製造業の「H(ハード)」事業と「S(サービス)」事業の“二刀流経営”を進めるバルカーで、MONiPLATの開発に携わった中澤剛太・副社長に開発の経緯と「H&S企業」を目指す経営理念などについて聞いた。
▽デジタル人材「ゼロ」からの挑戦
中澤氏は財務省出身で、経済産業大臣秘書官を経験。その後、金融とITを融合させたフィンテックのベンチャー企業を立ち上げた。その実績を買われ2021年にCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)としてバルカーに入社した。
「入社してグループ会社や顧客の生産拠点を視察した際、どこでも設備の点検業務がアナログだったことに衝撃を受けた。例えば機械の前にある温度計を1日20回計ってそれを紙に書き込んで、あとでエクセルに記入したりしていた。設備の99%は人間が点検するが、当社に限らず、日本中でこうしたアナログ作業が行われているのではと思った」
中澤氏はこうした日々の点検業務はデジタル化できると確信。ビジネスチャンスでもあると感じ、一人で構想を練ったという。
「当時のバルカーには開発できるデジタル人材が全くおらず、私自身もエンジニアではありません」と打ち明ける。「一人でコツコツやって『こういうものであればいけるのでは?』というものはできていたものの、実際の開発にはそんなに時間はかけられない」。フィンテックに関わったかつての仲間に声を掛けるなどして人材を集め、プロジェクトチームを結成し、開発を急いだ。
▽紙からスマホに
約1年後に作り上げたのがMONiPLATだ。簡単に言うと「紙の点検から脱却し、点検データを直接タブレットやスマートフォンに入力。結果を上司(管理者)に送信することで、報告書の承認時間を大幅に短縮する」という設備点検サービスだ。点検結果を自動でグラフ化したり、定期点検のタイミングをアラートで知らせる機能も備えている。
「サービス開始当初は製造業向けを想定していたが、輸送、建設、農業、医療関連など従来の顧客とは全く異なる幅広い業種からお声がかかり、そうした業種にも設備点検業務があることがわかった」と当初想定していない業種にもMONiPLATの導入が広がっている。「サービスのターゲットとなるのは大企業だけではない。点検業務に費用をかけられない中小企業も多い」という背景もあり、設備20台までは無料で始められ、対象設備の増加に応じて有料化するというビジネスプランにしたことも契約者数を加速させた。「設備のメンテナンス業務はかなりの工数がかかる割には企業の付加価値になりにくい。DX(デジタルトランスフォーメーション)化が遅れていた分野だが、昨今の人材不足やベテラン作業員の減少がサービス導入の追い風になった」。顧客社数はリリースして1年で500社を超え、24年11月に1000社を達成した。
導入企業からは「とにかくシンプルでわかりやすい」(製造業)、「顧客ニーズに合わせアップデートしてもらえる」(化学メーカー)、「コメント機能や画像添付機能もあり、質の高い報告書が上がってくる」(公共下水道処理施設管理)といった声が寄せられているという。
「サービスをリリースした時にはなかった、コメントを自由に記載する機能などは、ユーザーの声で採用した。今でも頻繁にバージョンアップをしている」。試験導入した企業では点検準備から作業完了までの時間が平均121分から96分へと短縮され、約21%の効率化を実現。「データ入力時間は」導入前の約30分がゼロになった。
▽ワンストップサービス
MONiPLATは、日々のバージョンアップに加え、さらなる機能強化を目指すという。今後は日常点検や月次点検といった周期的な点検プラットフォームに加え、機器ごとにセンサーなどで状態を遠隔監視するといったさまざまな機能をMONiPLAT画面で一元管理できるワンストップサービスにする考えだ。
「定期点検はどの企業も行うが、それだけでなく重要設備に関しては、機器にセンサーを付け、その機器の通常の状態になっているかということをリモートでモニタリングする常時監視が必要だ。モニタリングといっても機器によって多種多様であり、それぞれの機器についてモニターやセンシングを得意とする企業がおられる。つまり、バルカーが多種多様なあらゆる機器のモニターシステムをつくるのではなく、他社が開発したものと機能連携してMONiPLATの画面で一元管理するしくみとする」
中澤氏は「H&S企業」について、「S」の領域での拡大を目指すという。「H(ハード)は完璧な製品にしてから世に出すが、S(サービス)は『とにかく世に出す』。クレームも含め改善要望を集めて、仕上げていくことが大事だ」。
▽「点検DXならバルカー」
3年後には創業100年を迎える。配管の油漏れなどを防ぐ「シール製品事業」では国内パイオニアのバルカーだが「今後はデジタルの取り組みでも存在意義を示したい」と強調する。MONiPLATは中小企業を多く顧客に持つ地域金融機関とも連携し、導入企業の拡大を目指す。「2027年度にはユーザー3000~5000社にしたい。『点検DXと言えばバルカー』と言われるようにするのが目標だ」と力を込めた。