日本の伝統芸能の一つである落語に対し、「ちょっと、敷居が高いな」と感じる人もいるだろう。それは、「文七元結(ぶんしちもっとい)」「芝浜」「死神」「長屋の花見」「井戸の茶碗」など、いわゆる古典落語の名作を前にすると、「予備知識がないと分からないかも」などと感じるからかもしれない。
しかし、後世に残った「噺(はなし)」だけが名作ではない。鋭い観察眼を持った落語家たちが、独特のセンスで、今の社会の一断面を切り取り、観客を笑わせたり、泣かせたりする物語も次々と創作している。それが「新作落語」といわれるジャンルで、誰もが気軽に、1人で何人もの人物を演じ分ける落語家の世界観に没入できるはずだ。
その新作落語の演目「落語業界の真実」をひっさげて、三遊亭ごはんつぶさんが、2月21日夜、都内で開催された「2024年度 公推協杯 全国若手落語家選手権」(共同通信社主催)本選で見事、大賞に選ばれ、賞金100万円を獲得した。会場が笑いのエネルギーで充満する中、語りの最終場面で、ごはんつぶさんは「落語は自由だ!」と大きな声で叫び、噺のオチとした。
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▼「落語は誰がつくったか分からない」
この日の本選には、昨年11月から計4回開かれた予選で1位となった、ごはんつぶさん、柳家小ふね(やなぎや・こふね)さん、桂源太(かつら・げんた)さん、笑福亭茶光(しょうふくてい・さこう)さんが出演した。
大賞となったごはんつぶさんの演目は「落語業界の真実」。秘密結社と落語業界が裏でつながっているという、奇想天外な都市伝説のような自作だった。着物のたもとから、関連団体のマークなどが書かれた紙を次々と取り出し、さながら、紙芝居風に進めた。その紙が登場するたびに、観客はひきつけられ、ごはんつぶさんの語りにノンストップの笑いが会場を埋め尽くした。
表彰式後のあいさつでごはんつぶさんは身に着けている着物について「この羽織は(大師匠にあたる)三遊亭円丈の形見なんです。大師匠と一緒にこの舞台に立てて、夢みたいです。本当に落語は自由だと信じて、今後も頑張ります」とうれしさを語った。
100万円の賞金の使い道については、「(噺として取り上げた)業界から狙われるかもしれませんので、海外逃亡の資金にしたいと思います」と冗談を放ち、観客の笑いを誘った。
審査員長で、テレビ番組「笑点」の司会者でも知られる春風亭昇太(しゅんぷうてい・しょうた)さんは、「落語の歴史をひもとくと、落語ってだれがつくったのか、全然分かっていません。つくった人が分からない以上、家元や宗家という人は存在しないと思います」とした上で「サラリーマンのせがれであろうが、落語家のせがれであろうが、平等に高座に上がり、平等に(お客さまに)さらされるということになります。だから、それぞれのアプローチで、今後も自分の信じる方向に向かって、頑張ってもらえたら、それが一番、僕はうれしいです」と講評し、若手落語家たちにエールを送った。
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▼「思いっきり笑ってもらえ」
表彰式後、取材に応じたごはんつぶさんは、「落語業界の真実」を本選で選んだことについて、師匠で人気新作落語家の一人である三遊亭天どんさんに相談し、「手段を選ばず、思いっきり笑ってもらえるネタにしろ」とアドバイスをもらったという。
ごはんつぶさんは「お客さんを笑わせたいという思いでこれまで、ずっとやってきています。このネタが落語じゃないといわれれば、いわゆる(お客さまに)けられたら終わりなのですが、手段を選ばずにやりました。お客さまに笑っていただけたので良かったです」と振り返った。
賞金100万円についてあらためて尋ねると、「落語を知らないお客さまに、どんどん落語を広める活動のために使い、落語業界に還元したいです」と強調した。
3回目となる2024年度「公推協杯 全国若手落語家選手権」(主催:共同通信社、助成:公益財団法人 公益推進協会、協力:東京かわら版・関西演芸推進協議会、協賛:大和ハウス工業、日産自動車、森下仁丹、オーティコン補聴器、川根本町茶業振興協議会)は、入門15年以下で、真打ちと前座の間に当たる「二つ目」クラスの東西の落語家が対象。
全国約70の寄席や落語会運営者の推薦と自薦で選ばれた20人が、5人ずつに分かれ、東京・大阪で計4回の予選を行い、各回の1位4人が競う本選に臨んだ。
この日の本選でも、大賞は審査員と観客の投票で決めるという参加型の落語会だ。審査員長の春風亭昇太さんのほか、前回大賞を受賞した落語立川流のホープで、6月に真打ちに昇進する立川吉笑(たてかわ・きっしょう)さんが案内役を務めた。
◆2024年度「公推協杯 全国若手落語家選手権」に出場した落語家(敬称略)と大会日程。
【第1回予選・東京】2024年11月10日(日)、シアター・アルファ東京
雷門音助(かみなりもん・おとすけ)、三遊亭青森(さんゆうてい・あおもり)、昔昔亭昇(せきせきてい・のぼる)、林家きよ彦(はやしや・きよひこ)、柳家小ふね(やなぎや・こふね)
【第2回予選・大阪】2024年12月7日(土)、大阪・扇町ミュージアムキューブCUBE01
桂三実(かつら・さんみ)、笑福亭笑利(しょうふくてい・しょうり)、桂九ノ一(かつら・くのいち)、桂源太(かつら・げんた)、桂天吾(かつら・てんご)
<ゲスト審査員>林家竹丸(はやしや・たけまる) <案内役>大谷邦郎(おおたに・くにお)
【第3回予選・東京】1月16日(木)、東京・伝承ホール
三遊亭ふう丈(さんゆうてい・ふうじょう)、三遊亭兼太郎(さんゆうてい・けんたろう)、柳亭信楽(りゅうてい・しがらき)、春風亭朝枝(しゅんぷうてい・ちょうし)、笑福亭茶光(しょうふくてい・さこう)
【第4回予選・東京】2月4日(火)、東京・伝承ホール
桂竹千代(かつら・たけちよ)、春風亭昇羊(しゅんぷうてい・しょうよう)、春風亭一花(しゅんぷうてい・いちはな)、立川かしめ(たてかわ・かしめ)、三遊亭ごはんつぶ(さんゆうてい・ごはんつぶ)
【本選】2月21日(金)、東京・伝承ホール
各予選の1位となった、柳家小ふね、笑福亭茶光、桂源太、三遊亭ごはんつぶ
<客演・審査員長>春風亭昇太 <案内役>立川吉笑
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