ビートルズ陰謀説というのがある。ドイツ出身の哲学者がジョン・レノンとポール・マッカートニーに代わって作品を創っていたとか、米国制覇の決め手となったテレビ出演は諜報(ちょうほう)機関によって企図されたものだとか、米国の若者を堕落させるために麻薬を広める伝道師としてビートルズを利用したとか、にわかに信じがたいような話がある。
「既成の秩序と文化に反対するリバプールの若者の音楽家と、多くの人が信じて疑わない彼らは、世界支配の大謀略の一環として、300人委員会の命令によってタヴィストック研究所が『創造』したもの」だと、元英対外情報機関MI6将校、ジョン・コールマンは著作『陰謀家たちの超権力構造[300人委員会]』(徳間書店)の中で述べた。
“300人委員会”とは何か? 精神医学などを利用して、世界中の人々の行動様式や考え方にパラダイムシフトを起こさせて、一握りの支配層が統一世界政府=新世界秩序を樹立し、そのもとで容易に世界を動かしやすくすることを目的とした秘密結社だという。
その300人委員会の下部組織としてタヴィストック(人間関係)研究所があるという。表向きタヴィストック研究所は、人間管理や心理学などの研究、コンサルティングおよび専門的職業人の能力向上のための研修・教育を行う非営利の財団である。公式ホームページも持っている。だが、その実態は支配階級のための国際諜報機関だという。
そして米中央情報局(CIA)などと連携し、マサチューセッツ工科大学(MIT)、ハドソン研究所、ランド社などを牛耳り、マイクロソフト、アップル・コンピューター、IBM、ボーイング、ブリティッシュ・ペトロリアム、エクソン・モービルなどを顧客に持つという。
コールマンによる著作『タヴィストック洗脳研究所』(成甲書房)によると、「1913年、ロンドンのウェリントンハウスで初期活動を開始して以来、タヴィストックは、米国をはじめ世界諸国の政策や国民生活をひそかに、しかも着々と『方向づけ』している」という。目的のためには手段を選ばず、「MKウルトラ」として知られる「人を変える」麻薬を利用した洗脳実験、脳内拡声器などの反社会的な手段の活用も辞さないといわれる。
300人委員会に関する前述の著作によれば「世界の若者を逸脱させ、麻薬を使うことに一挙に走らせ、各国の秩序崩壊のためタヴィストック研究所が作り出した、あまたの『創造物』のなかで最も『効果的だった』」とビートルズは評価されているというのだ。
まず、米国の若者たちの価値観を変えるために、ビートルズのセンセーショナルな米国上陸をタヴィストック研究所が企図したという。具体的には人気テレビ番組エド・サリバン・ショーへの出演を計画したのだという。「サリバンがイギリスに派遣されて、タヴィストック研究所の最初のロック・グループ(ビートルズ)と知り合いになった。彼らが合衆国に上陸する予定になっていたからである。それからサリバンは合衆国に取って返し、そのグループを一括番組として製作し売り出すための対テレビ戦略を立案した」。
一般的には、サリバンは ’63年秋、偶然にスウェーデン公演から戻ったビートルズをヒースロー空港で目撃し、ファンの大騒ぎを見たことで、彼の番組に出演させることを決めたと言われてきた。実際にビートルズのテレビ出演は大成功を収めることとなった。彼らは ’64年2月9日、エド・サリバン・ショーに初登場、アメリカ全土にセンセーションを巻き起こした。全米で7千万人が視聴し、視聴率は72%に上ったといわれる。
コールマンは言う――「テレビと、そしてとりわけサリバンの全面的な協力がなければ、『ビートルズ』とその『音楽』は実を結ぶことなく朽ち果てていたことだろう。ところがそうはならず、われわれの国民生活と合衆国の性質は永久に変えられてしまったのである」。
そしてタヴィストック研究所は、若者を堕落させ、御しやすい「新種」に生まれ変わらせるために、ビートルズを利用してLSDなどの麻薬使用を急増させるためのキャンペーンを打ち、大成功を収めたともいう。ちなみにコールマンによれば、アヘン貿易で悪名高いイギリス東インド会社のちのオランダ東インド会社の出自は300人委員会だという。
さらに陰謀説の極めつけは、ビートルズの作品は彼らの手によるものでなく、フランクフルト学派の哲学者テオドール・アドルノなる人物によるものだという主張だ。ビートルズの作品は、タヴィストックの卒業生、アドルノがつくった「12の無調不協和音が、大衆的な『環境的社会的騒乱』を創造するために科学的に調子を整えられた」ものだという。
テオドール・アドルノというのは実在の人物だ。20世紀における社会心理学研究の代表的人物とされ、作曲家としても作品を残した。ナチスに協力した人々の心理的傾向を分析。だが、その彼自身ナチスの機関紙に批評を発表したことが分かり、問題視された。
アドルノ説を裏付けることとして、「ビートルズの4人は楽譜を読めなかったから代わりに作曲する人が必要だった」とか、「アドルノが ’69年夏に亡くなった後は、ビートルズは楽曲が尽きてしまい解散するしかなかった」という話もまことしやかに流布されている。
もし百歩譲って陰謀説が正しいとしたら、ビートルズの4人の創作活動を記録したアンソロジーの音源や、映画『レット・イット・ビー』で見られるゲット・バック・セッションの映像などはすべて「演技」で「芝居」だとでもいうのか。
芸能人を使った諜報活動というのは歴史上例がないわけではない。だが、ビートルズを利用しての「世界支配」の下地作りとは、あまりに壮大すぎて想像すらできない。逆に言えば、そういった陰謀説がささやかれるほどにビートルズが巨大な存在だということだろう。
(文・桑原亘之介)