フルートをフィーチャーしたクラシック作品は、古典派以前か近代以降に作曲されたものがほとんどだ。つまりクラシック音楽が最高潮を迎えたロマン派時代の名作が欠落している。だがこのほど、そうした渇きを癒すディスクがリリースされた。エマニュエル・パユによる「ロマンス」だ。
パユは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を長年務めながら、ソリストとしても傑出した活躍を続けている現代フルート界のトップ奏者。本盤は、ロベルト&クララ・シューマン夫妻、ファニー&フェリックス・メンデルスゾーン姉弟の作品を集めた、彼の最新録音である。
収録曲はすべて編曲物。すなわち他の楽器や声楽のために書かれた作品だ。しかしパユはフルートに合った音楽を周到に選び、あたかもこれらが同楽器のオリジナル作品であるかのように奏でている。
最初は夫ロベルト・シューマンの「3つのロマンス」。これはオーボエのための作品だが、パユは曲の機微をナチュラルに表出した豊麗かつ哀感漂う好演を展開している。次は妻クララ・シューマンの同じく「3つのロマンス」。このヴァイオリン曲も繊細な歌い回しと叙情的な表現で聴く者を魅了する。
代わってはメンデルスゾーンの姉ファニーの歌曲が6曲続く。これらはどれも情感豊かで美しく、まさに“フルートのための歌”の趣。精妙なニュアンスが光るロベルト・シューマンの「幻想小曲集」(原曲はクラリネット)を挟んで、最後は弟フェリックス・メンデルスゾーンのヴァイオリン・ソナタ。ここもパユは自然な節回しで表情豊かな音楽を創出し、新たなフルート・ソナタ発見のごとき喜びを与えてくれる。中でも第3楽章の快速フレーズの鮮やかな演奏は大いなる聴きものだ。
甘さと渋さ、豊穣と枯淡の間を自在に行き来するパユのフルートは実に素晴らしい。それに加えて共演者のフランスを代表するピアニスト、エリック・ル・サージュの貢献も見逃せない。雄弁で生き生きとしている上にバランスが絶妙なそのピアノは、各曲にいっそうの精彩をもたらしている。
本盤は、大作曲家の作品がほぼないロマン派のフルート・レパートリーの空白を埋める役目を見事に果たしていると同時に、クララ・シューマン、ファニー・メンデルスゾーンという、優れた才能を持ちながら当時の社会情勢から専門職の道を断念した女性作曲家にスポットを当てる意味も持っている。近年見直しが顕著な彼女らの音楽だが、こうした構成の中で聴くと、その魅力をよりスムーズに理解することができるだろう。
これは、フルートおよび管楽器愛好家のみならず、一般ファンの鑑賞にも新境地を与えてくれる好盤だ。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 29掲載】
柴田克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に『山本直純と小澤征爾』(朝日新書)、『1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集』(音楽之友社)。