カルチャー

【スピリチュアル・ビートルズ】波紋を呼んだポールのイスラエル公演 安全対策に150万ポンド

老人になったビートルズが描かれた「老人カバー」として有名な、イスラエル編集盤レコード『beatles’greatest』。
老人になったビートルズが描かれた「老人カバー」として有名な、イスラエル編集盤レコード『beatles’greatest』。

 賛否両論渦巻く中、2008年9月25日、ポール・マッカートニーがイスラエルで初めてコンサートを開いた。中部テルアビブの野外ステージには約4万人の観客が詰めかけた。同地域における歴史的、民族的、宗教的対立を背景にポールは配慮をみせた。ヘブライ語と英語を交ぜてユダヤ暦の新年を祝うと同時に、聖なる月を迎えているイスラム教徒にもアラビア語であいさつすることを忘れなかったのである(AP電)。

 ビートルズは1965年にイスラエルで公演を開く予定だった。しかし、同国政府の「若者を堕落させる」という反対により中止させられた経緯があった。

 だが、2008年になって、プロソル駐英イスラエル大使が、ポール、リンゴ・スター、故ジョン・レノンと故ジョージ・ハリスンの遺族宛ての文書で、これを謝罪した。

 同大使は、ビートルズのイスラエル公演を当時の教育相が拒んだことを「深く後悔すべき歴史的怠慢」だったとし、「われわれは60年代に最も影響力のあった音楽家から学ぶ機会を逸した」と反省の弁を伝えてきた。43年前の出来事を謝罪すると同時に、イスラエル側はポールに建国60周年記念イベントの一環としての公演を依頼してきたのである。

 ポールのイスラエル公演の予定が正式に発表されるとさまざまな波紋を巻き起こした。

 あるパレスチナ人のグループは公演を中止するよう迫った。イスラエルでコンサートを開くということは、同国のヨルダン川西岸(West Bank)の占領を認めることにつながるという理由からだった。ヨルダン川西岸は旧ヨルダン領だが1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したという経緯がある。

 またレバノンを拠点とするイスラム過激派のリーダーは、もしポールがイスラエルでコンサートを開けば、彼を自爆テロで殺害すると脅迫してきた。

 英サンデー・プレス紙は、その過激派のリーダーが「すべてのイスラム教徒を敵に回すことになるだろう」と語ったと伝えている。

 極右ユダヤ人グループもポールのコンサートを妨害すると脅してきた。英国における反ユダヤ的要素に抗議するためだとしていた。

イスラエルの建国にまつわる歴史も忘れてはならないだろう。1947年の国連総会で、英国の委任統治領だったパレスチナをユダヤ・アラブ両国家に分割することが決定された。しかし、48年にイスラエルが建国を宣言。これに対し周辺アラブ諸国が出兵し、第1次中東戦争(パレスチナ戦争)が勃発した。アラブ側が敗北するが、以降73年の第4次中東戦争などなど争いが絶えないこととなる。

「ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教」(一条真也 著/だいわ文庫 刊)
「ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教」(一条真也 著/だいわ文庫 刊)

 イスラエルの立場からすると、ナチス・ドイツのホロコーストによる600万人ものユダヤ人の犠牲など歴史的迫害に耐えてきたユダヤ人による国家の再建という悲願があった。シオニズム運動というのがある。一般的に、ユダヤ人がその故郷であり、イスラエルやユダヤ民族を象徴するシオンの丘に帰還して国家を再建する運動とされている(一条真也著「ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教」だいわ文庫)。シオンとは、イスラエルのエルサレム地方の歴史的地名である。紀元前11世紀頃にはイスラエル王国がカナンの地に成立していたという。ユダヤ教の聖典でもある旧約聖書によれば「神はイスラエルの民にカナンの地を約束した」という。「カナンとは、現在のレバノンの南からイスラエルのあたり一帯を漠然と指す名称であった」(阿刀田高著「旧約聖書を知っていますか」新潮文庫)。

「旧約聖書を知っていますか」(阿刀田高 著/新潮文庫 刊)
「旧約聖書を知っていますか」(阿刀田高 著/新潮文庫 刊)

 一方、48年のイスラエルの建国宣言とそれにより勃発した戦争で70万人以上のパレスチナ人が故郷を失ったという。さらに67年の第3次中東戦争でイスラエルが支配地域を広げるとまた難民が発生。その子孫を含め400万人以上の人々の故郷に帰る権利をパレスチナ側は主張しているが、イスラエルは難民の帰還を拒絶している(山井教雄著「まんが パレスチナ問題」講談社現代新書)。

「まんが パレスチナ問題」(山井教雄 著/講談社現代新書 刊)
「まんが パレスチナ問題」(山井教雄 著/講談社現代新書 刊)

 結局、ポールは脅しには屈しなかった。コンサート中止を求めるさまざまな声に直面したが「拒んだのだ。ぼくは自分の思うところをするだけだ。ぼくにはイスラエルを支持している友人が多くいる」とポールはイスラエル大手ヘブライ語紙イエディオト・アハロノトに語ったという。ビートルズのマネージャーでユダヤ人だった故ブライアン・エプスタインのことも念頭にあったのだろうか。

 殺害予告もあったくらいだからポールのセキュリティー費用は膨らんだ。2008年9月25日付英テレグラフ電子版は、ポール側は150万ポンド(当時の為替レートで約2億8500万円)の安全対策を採らざるをえなかったという。たった一回のコンサートのためにだ。ポールの身の安全のために英国の諜報機関MI6とイスラエルの諜報機関の要員や、警察官などを雇い、特別な警護チームを結成したという。

 「大部分の人たちは、ぼくのメッセージは政治的なものでなく、グローバルで平和的なものだと理解してくれると思う。だからぼくは自分がやることに信念を持っている」と公演前のインタビューでポールは言った。そしてポールはこのコンサートを「フレンドシップ・ファースト」(友好第一)と名付け、「イスラエルとパレスチナ人両者の平和という使命を帯びて来たのだ」と語っていた。

(文・桑原 亘之介)


桑原亘之介

kuwabara.konosuke

1963年 東京都生まれ。ビートルズを初めて聴き、ファンになってから40年近くになる。時が経っても彼らの歌たちの輝きは衰えるどころか、ますます光を放ち、人生の大きな支えであり続けている。誤解を恐れずにいえば、私にとってビートルズとは「宗教」のようなものなのである。それは、幸せなときも、辛く涙したいときでも、いつでも心にあり、人生の道標であり、指針であり、心のよりどころであり、目標であり続けているからだ。
 本コラムは、ビートルズそして4人のビートルたちが宗教や神や信仰や真理や愛などについてどうとらえていたのかを考え、そこから何かを学べないかというささやかな試みである。時にはニュースなビートルズ、エッチなビートルズ?もお届けしたい。