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体温なき「岸田首相の言葉」

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 12月12日、今年の世相を表す「漢字」に「戦」が選ばれた。この「漢字」は公募で決定されているが、主催の日本漢字能力検定協会は、ロシアによるウクライナ侵攻やサッカーのワールドカップの熱戦などをその理由に挙げた。岸田文雄首相も「いろんな事態があり、そういう漢字が選ばれることは納得できる」と頷いた。

 一方、当の岸田首相は、自身の「今年の漢字」に「進」を選んだ。「歴史を画するようなさまざまな課題に直面し、一つ一つ進めていく1年だった。来年も進めていく」といったことを理由としたが、それに「納得できる」と思った国民は皆無に等しい。松野博一官房長官が選んだ「安」も安倍晋三元首相の「安」ならば理解できるが、安全・安心の「安」との理由には首をかしげたくなる。

 思えば昨年10月、「聞く力」を標榜し、さっそうと登場した岸田首相の出だしは好調であった。衆院選のみならず参院選も乗り切り、「黄金の3年間を手に入れた」などと持ち上げられた。だが、7月の参院選で勝利を収めたにもかかわらず、内閣支持率は漸減し始め、ついには発足当初の半分程度にまで落ち込んだ。共同通信社の直近の調査(11月26、27日)では33.1%と過去最低を更新した。

 支持率の下落は、旧統一教会問題や物価高騰などに対する国民の強い不満によってもたらされたといわれる。「誰が総理でも今は耐えるしかない」(自民若手議員)と岸田首相を擁護する者もいるが、3閣僚の更迭の遅れが大きな下落要因になったことも否めない。「安倍さんの方がはるかに世論に敏感だった」(閣僚経験者)との指摘は説得力がある。

 岸田氏が首相として何を成し遂げたいのかが皆目見えないことも、低支持率の要因である。「実現できなかったが、安倍さんは憲法改正や日ロ平和条約締結などを掲げたし、菅さんは携帯料金の引き下げや不妊治療の助成拡充などを実現したが、岸田さんにはそうした具体的なテーマが見当たらない」(前出・閣僚経験者)のである。

 しかし、岸田首相が支持されていないもう一つの理由は、政治家としてのコミュニケーション能力の低さにあるといえる。といっても、岸田首相は原稿やプロンプターを見ながら極めて正確かつ忠実に発言しているし、国会における質疑や記者会見でのやり取りでも、失言や放言、脱線はほとんどない。だが、問題はむしろその無味乾燥な話し方にある。

 メラビアンの法則というものが一定の支持を得ている。これは、コミュニケーションでは「何を話すか」といった言語そのものよりも、感情や思いといった非言語領域が及ぼす影響の方が圧倒的に大きいというものである。岸田首相が感情や気持ち、心を込めずに話すためか、聞き手や見手が聴覚・視覚を通じて言外のメッセージを受け取ることは限りなくゼロに近い。一言でいえば、「岸田さんの言葉からは体温が伝わってこない」(党三役経験者)。安倍元首相の国葬における追悼の辞などは、まさにそれを如実に物語る。

 永田町ではなかなか人気の高まらない石破茂元幹事長であるが、最も大事にしていることは国民の「納得と共感」だという。独特の話し方が気に入らないという者もいるが、石破氏が発する一つ一つの言葉がかなり吟味されているだけでなく、聞き手の納得と共感を得ようと感情や気持ちが込められている。「演説会などで聴衆の心がわしづかみにされる」(自民中堅議員)のも当然かもしれない。

 国会は1月下旬までの長い“冬休み”に入っているが、予算編成や外遊など、休会中も岸田首相の多忙な日々は続く。だが、支持率を本気で上向かせようと思うのであれば、内閣改造といった小手先のリセットよりも、まずはコミュニケーション能力を高める必要があるのではないか。もっとも、「今年の漢字」に「進」を選んだくらいだから、そもそも国民の「納得」には関心がないのかもしれない。

【筆者略歴】

 本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。