アイマスクで目隠しして点字ブロックの上を歩くなど視覚障がい者の日常生活を子どもたちが擬似体験する催しが10月6日、神奈川県藤沢市の湘南学園小学校であり、同小1~5年生の児童16人が、パラリンピック金メダリスト(自転車競技)の視覚障がい者で参天製薬社員の葭原(よしはら)滋男さんを講師に、「目が見えない世界」の一端を体感し、視覚障がい者への関心、理解を深めた。
この催しは、目薬などを製造販売する参天製薬(大阪市)と、小学生の豊かな放課後の実現を目指す放課後NPOアフタースクール(東京都文京区)の共催事業「目を大切に!ブラインドチャレンジ」。視覚障がい者の生活や目の大切さを知ってもらうほか、外出先で出会った視覚障がい者の歩行を手助けできる思いやりのある人間に子供たちが成長することを願って、障害のあるなしに関わらず誰もが生き生きと暮らせる“共生社会”の実現を目的に2020年から実施している。これまでに延べ536人(23年9月時点)の小学生が参加した。
湘南学園小での催しは午後3時から約1時間、放課後の子どもたちの居場所「アフタースクール」の活動の一つとして校舎内で行われた。元気よく教室に入ってきた子どもたちは一つの机に4人ずつ座り、前方に立つ講師の葭原さんと初めて顔を合わせた。
葭原さんが自己紹介で「実は目が見えません」と話すと、想像外だったのか、子どもたちは一斉に「えー」と驚きの声を上げた。目が見えない状態は想像もできないという感想を述べる子どもたちに対して、金メダルを取った自転車競技をはじめ走り高跳びやブラインドサッカーなどさまざまな障がい者スポーツに挑戦し、5回のパラリンピック出場で計4つのメダルを獲得した葭原さんは「目が見えなくても人生には面白いことがあるよ」と含蓄ある言葉で“見えないこと”を怖がらずに想像してほしいと、やさしく語りかけた。
そこでまず、いわゆる「五感」といわれる、人間が友達や乗り物、食べ物、花など「ヒト・コト・モノ」に関わるあらゆる外部の情報・存在を認識する5つの感覚、見る(=視覚、目)、聞く(=聴覚、耳)、嗅ぐ(=臭覚、鼻)、触る(=触覚、皮膚)、味わう(=味覚、舌)のうち、外部から最も多くの情報を認識する視覚に次いで認識情報量が多いとされる、聴覚の重要性を学ぶクイズを子どもたちに出した。アイマスクで目隠しした子どもたちに、ステーキ肉を焼く音を聞かせ、その音が「何の音か」を当てさせるクイズだ。
見事正解を当てた子もいたが、「雨の音」「水の音」「花火の音」「自転車の音」などと推測し、多くの子は不正解だった。視覚障がい者にとっての聴覚を含めた目以外の感覚の大切さを子どもたちに意識してもらう試みだ。ステーキ肉を焼く音からは、臭覚や味覚の働きにも想像が及ぶかもしれない。視覚を”休止”させることで、逆に視覚以外の感覚への関心を呼び起こす。視覚以外の感覚を上手に使って生活する視覚障がい者を理解する第一歩となるクイズだ。
葭原さんは「周囲の話し声や靴音などから(青色を音で知らせる機能がない)信号が青になったと判断する時もある」と述べ、外出時に頼りとする聴覚の重要性を子どもたちに説明した。
21年の東京パラリンピックで7大会連続のメダル獲得を目指したブラジル代表の視覚障がい柔道の選手、アントニオテノリオ・ダシウバさんが弘前大(青森県弘前市)で行った強化練習を数年前、間近で見学したことがあるが、健常者の学生選手相手にまったく無駄な動きがなく互角以上に闘っていた姿を思い出す。ダシウバさんは相手の体に触れる触覚に加え、相手の呼吸音の変化や柔道着の擦れる音、畳をこする足音など、耳を研ぎ澄まして相手の動きを見極めていた。
目隠し音当てクイズで聴覚の大切さを学んだ子どもたちは次に、触覚の重要性を知る数字パズルに挑戦した。
数字パズルは、アイマスクで目隠しした状態で、0~9の数字の形にくり抜いた板のくぼみに、まったく同じ形状の10個の数字木片を、30秒以内にすべてはめ込むゲーム。
くぼみの形や木片の形を指で触れて形が一致したものを探す触覚の鋭さが試されるこのパズルは意外に難しく、時間内にすべてはめ込み終わった子は少なかった。
ただ、2人1組になり、一方は目隠しを取り、目隠しした他方に声ではめ込む位置などを教えてあげる2回目の再挑戦の機会には、時間内にはめ込み終わる“達成者”が増えた。この経験から、目が見えない人に声を掛けることの大切さを子どもたちは無理なく実感できる、よく工夫されたパズル遊びだ。子どもたちの理解が自身の経験に裏打ちされながら深まる、きめ細かな配慮を感じる。
目隠し音当てクイズ、目隠し数字パズルと、楽しみながら「ゲーム形式」で視覚障がい者の世界に触れた子どもたちは最後に、外出時を想定したより実践的な「目の見えない世界」を体験する。教室の床に敷いた、鉄道駅のホームや歩道、階段の前などでよく見かける「点字ブロック」の上を、2人1組で歩いた。一方はアイマスクで目隠しして白杖(はくじょう)を持ち、他方は目隠しせず歩行を助ける誘導役として点字ブロック歩行に挑戦した。
アイマスクを着けない一方は声を掛けたり肩で支えてあげるなどして、アイマスクで目隠しする他方の歩行を手伝う。目隠しした子どもは、手に持つ白杖の先や足裏から伝わる点字ブロックの突起形状の触感を頼りに慎重に5~6歩、歩いていく。2回目はお互いの立場を変えて、目隠しして歩いた子どもは誘導役を、誘導役を務めた子どもは目隠しして歩くことを体験する。目の見えない世界では歩行の際どれだけ周囲の手助けが重要かを、子どもたちは、二つの立場を経験することを通して学ぶ。
点字ブロックには、進行方向を知らせる「誘導ブロック」(突起形状は線)と一時停止位置を伝える「警告ブロック」(突起形状は多数の粒)の2種類があることや、視覚障がい者が持つ白杖は「地面の様子を確認するための、目の代わりになる杖(つえ)」であることなど、基本的なことも葭原さんからきちんと教わった。
さまざまな角度から視覚障がい者の生活を体感させる1時間の催しは、小さな1年生も飽きさせることなく、終わった。冒頭、「目が見えない世界」を想像できずに怖がるだけだった子どもたちは、終わりに際しての質問タイムでは「ブラインドサッカーはどうやってやるの」「電車がすごく揺れた時、立っていて大丈夫ですか」「ごはんはどうやって食べるの」など、葭原さんの日常生活に関心を寄せ、活発に質問した。葭原さんの身に自身を置き換えて、具体的場面で直面する状況を思い描いているような質問だ。「目が見えない人の気持ちになってこれから行動してください」と語った葭原さんのメッセージは子どもたちにきちんと届いているようだ。
催しに参加した4年生の福田悠真(ゆうま)君は「目隠しして点字ブロックの上を歩いた時、友達の声を聞くとほっとしました。声掛けはとても大切。街で白杖を持つ人に会ったら声掛けできるようになりたいです」と話した。
この日の子どもたちの頼もしい”成長”を目にすると、共催事業「目を大切に!ブラインドチャレンジ」を企画開発して、子どもたちにふさわしい内容に練り上げてきた参天製薬と放課後NPOアフタースクールの両者が、学童保育などの放課後の居場所や総合学習(総合的学習の時間)の機会を活用して、全国の小学校に同事業の実施を呼び掛けていくことを計画するのもうなずける。
担当者の参天製薬部長・油本陽子さんは「われわれ両者の取り組みが全国の小学校に広がり、共生社会を実現する一助になればと思っています。多くの人が参照できる事業の運営マニュアルを作る準備をしています。各地の地元の視覚障がい者の方を講師に招く形での開催など、全国各地の教育関係者の皆さんらと協力しながら、全国に取り組みの輪を広げていけたら」と話す。
昨年還暦を迎えた葭原さんが、いま一番強く願うのは「一人でも多くの子どもたちが視覚障がい者と接する機会をつくること」。10歳で網膜色素変性症と診断され、22歳で障害者手帳(5級)を取得した葭原さんの目は現在、光をわずかに感じる程度だ。今後は一切、光を感じなくなる恐れもあるが「光を失っても不安はありません。これまでと何も変わりませんよ」と言い切る。
講師として、たくさんの子どもたちと接してきた葭原さんは、子どもたちが今後つくるだろう共生社会の実現を信じている。「今日会った子供たちが大人になった世界を想像してみてください。仮に今後、僕の目が完全に光を失ったとしても、僕が子どもたちに見出した共生社会に向けた”希望の光”は決して消えることはありません」。