カルチャー

「飛田遊郭」と「イタコ」の写真集を手掛けた蛙企画 第3弾は徳島県の離島「出羽島」にフォーカス

飛田新地。Photo By Retsu Motoyoshi
飛田新地。Photo By Retsu Motoyoshi

 これまでに大阪の「飛田遊郭」と青森の「イタコ」の写真集を手掛けてきた蛙企画(東京)が現在作業中なのが、徳島県の離島「出羽島(てばじま)」に焦点を当てた作品だ。

 現在40数人が住んでいるが、その住民たちの平均年齢が80才。店がない。自動販売機は2台。車は一台もなく、みんな手押し車を押している風景だという。

 「基本、江戸時代からの漁師町です。しかし、高齢化が進み、限界集落を超えています。気候変動で海水温が上がり、かつては徳島県でのてんぐさのシェアの半分を占めていたのが、今はゼロ。あわびもいなくなった。漁業が壊滅的な打撃を受けています」と蛙企画の篠原匡(しのはら・ただし)さんは出羽島について説明する。

 ジャーナリストで編集者の篠原さんは続けて、「住人全員から話を聞くことも可能で、ライフヒストリーを聞いていくうちにいろいろ書けるのではないかと思いました。歴史的建造物の話もあり、いろいろな切り口で可能なのではないかと思った」という。

 今回のカメラマンは木村肇(きむら・はじめ)さん。「記憶」をテーマに写真を発表しているカメラマンなので、出羽島の記録を残すのに合っているのではという。

 さらに、「メタバースで出羽島をVR(バーチャル・リアリティー)にしたら面白いと思って、そのプロジェクト実現のために県と話をしています」と篠原さんは語る。

 篠原さんらが手掛けた第1弾が飛田遊郭。1999年まで使われていた建物で、中に入ってみるといろいろな資料が残されていたのだという。自分たちで出版することになり、クラウドファンディングを行ったところ、およそ400人から支援を受けることができた。

 飛田遊郭は大正時代に開設された。1958(昭和33)年に売春防止法が完全に施行された後は、「満すみ」という屋号の料亭として風俗営業を続けたが、90年代後半に廃業し、その後は空き家のまま放置され、建物の老朽化が進んでいた。

写真集「House of Desires」表紙
写真集「House of Desires」表紙

 満すみ写真集『House of Desires ある遊郭の記憶』(税込み5,500円)の目的は「建物を通して垣間見える文化や習俗を後世に伝えるため、建物が解体される前に満すみに遺された遊郭の記憶を写真集という形で記録すること」だった。撮影は元吉烈(もとよし・れつ)さん。

満すみとして使われていた建物の内部。Photo By Retsu Motoyoshi
満すみとして使われていた建物の内部。Photo By Retsu Motoyoshi

 建物の中には、大正から昭和初期にかけて、西洋文化と日本文化が融合した時代の妓楼建築の特徴が至るところに遺されている。しかし、近現代史に登場するような歴史的な遺構とは異なり、人々の日常の中にあった施設は受け継がれることなく歴史の藻屑として消えていく。刹那の快楽を求め、無名の性と生が交錯した遊郭もその一つ。

満すみの建物内に遺されていた貼り紙。Photo By Retsu Motoyoshi
満すみの建物内に遺されていた貼り紙。Photo By Retsu Motoyoshi

 写真集の主なコンテンツは――①最後の色街「飛田新地」の記憶と継承(飛田新地料理組合組合長・徳山邦浩氏)②飛田新地は「短時間」、「安価」、「直接的」な性売春の先駆け(大阪市立大学大学院文学研究科 日本史学専修教授・佐賀朝氏)③飛田遊郭は江戸遊郭に対するオマージュ(ノンフィクションライター・井上理津子)⑤遺すということ(作家・ジャーナリスト・金田信一郎氏)。

遺されていた満すみのメニュー。Photo By Retsu Motoyoshi
遺されていた満すみのメニュー。Photo By Retsu Motoyoshi

 写真集のほかにも、「建物の中のツアーもやりました」と篠原さん。「大阪、愛知、九州から30~40人が参加。大正時代のタイルのファンや廃墟が好きな人がいました。半数は女性。驚いたのは、かつて働いていた女性が来ていたことでした」。

 そして第2弾写真集では青森県のイタコなどを取り上げた。イタコが住む南部地方や下北半島の恐山、津軽の川倉賽の河原地蔵親など、青森各地にあるイタコゆかりの地を訪れて撮影した。写真集には、90才のイタコ・中村タケさんの口寄せの記録も収められている。

写真集「Talking to the Dead」表紙
写真集「Talking to the Dead」表紙

 イタコ写真集『Talking to the Dead』(税込み5,500円)の主なコンテンツは――①中村タケさん口寄せの全文②中村タケさん インタビュー③イタコの唱え言解説イタコとは何か(郷土史家、江刺家均氏)④「最後のイタコ」松田広子さん インタビュー⑤日本人の信仰とその歴史(正覚寺住職・宗教ジャーナリスト・鵜飼秀徳氏)⑥日本人の霊魂観(宗教学者、山折哲雄氏)⑦科学とスピリチュアリティ(宗教学者・島薗進氏)⑧川倉賽の河原地蔵尊住職・佐井川智道氏インタビュー⑨存在の彼岸(ジャーナリスト・作家・金田信一郎氏)。

 撮影は和多田アヤ(わただ・あや)さん。97年、和多田さんのキヤノン写真新世紀応募作品「ノクターン」を評して、荒木経惟氏は「死の匂いがあるね。よくは写ってないけど、何かが写っている。この世と思ってないんだよ。冥土の花園にいるとか」とコメントした。

川倉賽の河原地蔵尊。Photo By 和多田アヤ
川倉賽の河原地蔵尊。Photo By 和多田アヤ

 自身の「喪」の体験を主題に作品を発表してきた和多田さん。「2009年に父を亡くしました。亡き大事な人の声を聞きたいという大勢のうちの一人なので、そういう目線で景色を見ると、雲が動いたり、鳥が現れたり、カーテンが揺れたり、それらにも何かを感じます。日本人には(そういうところが)深くあると思う」と和多田さんは語る。

 和多田さんは、死者との対話を求めてイタコを訪ねる人々の心象風景や、霊のまなざしを思わせるような写真をセレクトした。物体の形状の類似や色彩の対比が見られる2枚を並置して見せることで、異なる次元に住む存在とのコミュニケーションを表現したという。

「最後のイタコ」松田広子さんによる「オシラ様遊ばせ」。Photo By 和多田アヤ
「最後のイタコ」松田広子さんによる「オシラ様遊ばせ」。Photo By 和多田アヤ

 和多田さんは2023年、「めぐろシティカレッジ」(東京都目黒区上目黒)の生涯学習講座で2回、講演する予定で、「風景写真にみる両義的世界の話をする」という。

津軽地方の地蔵信仰。Photo By 和多田アヤ
津軽地方の地蔵信仰。Photo By 和多田アヤ

 蛙企画は篠原さん、映像作家・フォトグラファーの元吉烈さん、アートディレクター・グラフィックデザイナーの門馬翔(もんま・しょう)さんの3人を核にしている。同企画には作成した書籍や写真集などのコンテンツを販売するオンラインショップがある。詳しくはホームページまで。