「特集」ゲームチェンジの行方 介護問題の現状と課題 「介護」有事の到来

結城康博
淑徳大学総合福祉学部教授

 周知のとおり介護問題は、要介護者の増加傾向に伴い喫緊の課題となっている。特に、介護職員不足が深刻化しており、政府も賃上げ対策などを講じているものの事態の収束はおろか悪化するばかりである。このような需給バランスが崩れることで、毎月、介護保険料を負担している高齢者にとって、いざ「介護」が必要となっても介護事業者と契約できず「制度あってサービスなし」といった事態が全国的に拡がりつつある。本稿では、介護問題を「有事」と認識して論を展開したい。

ヘルパーが来なくなった

 先日、筆者はケアマネジャーから訪問介護サービスが受けられなくなった話を聞いた。5年間勤務していた高齢ヘルパーが、腰を痛めて仕事ができなくなったというのだ。介護事業所も、替わりのヘルパーを探したのだが、なかなか見つからず危機的な事態となったケースだ。
 89歳になる「要介護2」の高齢者は独り暮らしで5年前に認定されてから、介護保険サービス(訪問介護)を利用していたという。ヘルパーに週2回「生活援助」を中心に「ケア」に入ってもらっていた。自力歩行は可能なものの、独りでは「転倒」リスクがあることから、近所のスーパーに出かけて日常生活の必需品を購入することが無理だったようだ。足腰が弱い高齢者が、例えば「トイレットペーパー」「お米」などを、スーパーで購入し、自宅まで運ぶには大きな負担となる。
 確かに、ネット販売や宅配サービスなども充実してきた社会とはなっているものの、アクセス(SNSの操作方法)や経済的負担などを考えると、スーパーなどで購入するのが高齢者にとっては利便性がよい。つまり、ヘルパーが来なければ日常生活を送ることができず、サービス付き高齢者住宅や介護施設に入居する可能性が高くなってしまう。
 結果、その高齢者はヘルパーが来なくなったことで、車で30分程離れて住んでいる、自営業の娘夫婦が週3日交代で身の回りの支援をするようになったようである。

介護職員が虐待の加害者に

 2023年12月15日、特別養護老人ホームの元介護職員に懲役17年の判決が下された。2022年9月、入所していた女性(当時92)を殴るなどして殺害したとして、殺人罪に問われた裁判であった(日本経済新聞「元特養施設職員に懲役17年 入所者の92歳女性殺害」2023年12月16日)。
 いくら認知症の人が問題行動を繰り返すといっても病気なので仕方がない。それをプロの介護職員が専門職として「ケア」するのが当然だと思うだろう。しかし、今、介護職員不足が深刻化する中、このようなプロ意識を持つ専門職が減りつつあるのも事実だろう。当然、人材不足が顕著となれば、このような問題を生じさせる、質の低い介護職員が現場で働くことも珍しいことではなくなっている。

介護職員数が減少

 2025年に団塊世代が全て後期高齢者となり、これから本格的に要介護高齢者が増加していく上で、介護職員数を増やしていかなければならない。厚生労働省の資料によれば、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人の介護職員の必要数が推計されている(厚労省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」2024年7月12日)。
 しかし、これまで介護人材不足が深刻化しつつも、総介護職員数は微増傾向であったが、初めて2023年度は減少に転じてしまった(表1を参照)。そして、2024年度はわずかに487人増加したものの、ほぼ横ばいのままである。要介護(支援)者は増加しているため、大きく需給バランスが崩れている状況である。

利用者の選別も

 先日、筆者は介護施設の責任者や生活相談員(社会福祉士)に、介護施設の人材不足についてヒアリング調査を行った。その時「絶対に『公』にはできないが、うちの介護施設では入居前の要介護者やその家族との面談において『心身の状況』『施設生活での希望』などのほかに、『高齢者自身の性格』『家族の人柄』など」も確認しているということであった。
 例えば、「かなり要求が強い家族」「上から目線で苦情気味な高齢者」などを見極めるという。このような問題のありそうな高齢者やその家族は、介護施設側も慎重に入所を考えるというのである。なぜなら、要介護者による「ハラスメント」を懸念しているということであった。特に、家族の人柄は慎重に見極めるという。
 そして、「ハラスメント」の懸念があると判断されれば、面談後「施設側も検討したのですが、今、待機者が多く、すぐには入所できません。待機者リストに入れておきますので申し訳ありません」と、婉曲的に断るようにしているという。数年前までは、このような確認はしていなかったようだが、介護職員の「離職」を防ぐ意味で仕方ないということであった。
 なお、公益財団法人介護労働安定センターの調査によると、職員が不足している「訪問介護」の事業所では45%が利用者の受け入れを抑制している(表2を参照)。年々、要介護者は増加傾向であるにもかかわらず、人手が追いつかず利用者の受け入れを拒否しているのが実態だ。居宅介護支援(ケアマネジャー)においても、同様に受け入れ抑制をしている事業者が半数以上を超えている。

9兆円の損失と試算

 総務省データによれば、2022年時点において親などの介護・看護のため過去1年間に前職を離職した「介護離職」が10万6千人となっている。実際、家族の「介護」に関わっている人が約629万人いるが、そのうち有業者は365万人だ。経済産業省は、これら有業者で介護に携わる人を「ビジネスケアラー」と位置づけ、今のまま抜本的な対策が進まなければ、2030年に約9兆円の経済損出が生じる、と試算している。
 つまり、仕事と介護の両立に困難な従業員が増えていくと、業務効率が悪くなり、企業の業績に悪影響を及ぼすというのだ。当然、生産年齢人口減少社会において、貴重な労働力を失うこととなり、さらなる経済損出が生じてしまう。

月額5万円アップを

 その意味では、明日からでも介護職員の「賃金」を全産業並みに引き上げなければならない。そのためにも筆者は、とりあえずは2兆円の財源が必要と計算している。この程度の財源があれば、介護職員やケアマネジャーなどの賃金を月額5万円以上引き上げることができるからだ。
 特に、訪問介護員(ヘルパー)を中心に65歳以上が占める割合が高くなっており、後継者問題が深刻化しているため賃金アップは必要不可欠となっている。
 しかし、現行のままで介護報酬を引き上げるには、大幅に介護保険料も引き上げなければならない。しかし、第1号被保険者である65歳以上の家計は物価高により厳しくなっている。また、第2号被保険者(40歳以上65歳未満)も同様で、さらなる介護保険料の引き上げは、現役世代の負担増を招いてしまう。
 そのため、介護保険財政の公費割合50%を60%に引き上げて保険料上昇を抑える手法で介護報酬を大幅に引き上げる必要がある。これら公費増額分の財源として「法人税の引き上げ」「高齢者層の資産課税強化策として相続税の引き上げ」を想定してはどうであろうか。
 法人税の引き上げは、「ビジネスケアラー対策」として、一定の負担を企業に受忍してもらうのである。
 高齢者層の資産課税強化は、資産を持っている高齢者が、持っていない同世代を支える「世代内の再分配」の考えから妥当ではないだろうか。高齢者同士で助け合う介護保険制度を財政的側面から制度変革していけば、財源問題は大きな課題とはならない。なぜなら、年齢を重ねた高齢者ほど資産を有している人が多く、それらの「資産の再分配」を実施すれば、一定の財源は生まれるはずだからだ。

「保障」とは命守ること

 そもそも、社会保障と安全保障は同じ「保障」という概念を用いながら、政策的には縁遠いものと理解されがちだ。しかし、国民の生命を守るといった共通の目的であることに違いはない。災害や戦争などの「有事」に備えることも、介護・医療ニーズに対応することも役割・機能は同じである。しかも、今後、ますます高齢化に伴い介護ニーズは増えていく。
 2026年度予算を詳しくみていくと、注目すべきは防衛費が9兆円超と過去最高に達したことだ。確かに、国際情勢もあって一定の増額は必要であろう。また、人手不足が深刻化している背景から、自衛官の処遇改善策といった予算も必要に違いない。特に、独り暮らしの高齢者が増えている現状で、災害対策などにおいては自衛隊の役割は、たいへん重要と考えており、自衛官の人手不足対策も喫緊の課題である。
 一方、介護問題も、いわば「有事」と言えるのではないだろうか。台湾「有事」や、北朝鮮からのミサイル攻撃に備えることも重要ではあるが、介護「有事」は必ず遠くない将来やってくる。むしろ、戦争などの「有事」よりも、介護「有事」は100%到来することを認識して、それらに対応する施策が〝待ったなし〟と言える。

淑徳大学総合福祉学部教授 結城康博(ゆうき・やすひろ) 1969年生まれ。淑徳大学社会福祉学部卒業。法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。1994〜2006 年、東京都北区、新宿区に勤務。この間、介護職、ケアマネジャー、地域包括支援センター職員として介護係の仕事に従事(社会福祉士、介護福祉士)。2013年から現職。著書に『在宅介護』『介護格差』(いずれも岩波新書)、『介護職はいなくなる』(岩波ブックレット)、『孤独死のリアル』(講談社現代新書)、『自分の介護』(風鳴舎)などがある。

(Kyodo Weekly 2026年4月27日号より転載)