おでかけ

居心地のいい落ち着ける場所が多かった「そらち」のイチオシは? 【あなただけにそっと教える北海道「空知」の魅力】④

「妙夢」。
「妙夢」。

 北海道の、知る人ぞ知る、しかし見ごたえのある観光スポットを紹介する連載も最終回。今回はとっておきの場所を紹介しよう。今回の旅の個人的なランキング第1位である。

「安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄」

 美唄(びばい)といえば、ここもまた、かつて炭鉱で栄えた街。その美唄には、「安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄」というすてきな場所がある。日本が世界に誇る彫刻家、安田侃(やすだ・かん)さんの作品だけを展示している美術館だ。美術館といっても、多くの作品が野外に展示されており、まさにアルテピアッツァ(「芸術広場」を意味するイタリア語)! 彫刻作品が自然の中で見事に息づいている。しかも入場は無料だ。1992年のオープンだから今年は30周年。美唄出身で現在はイタリア在住の安田さんの手によって、美術館は今なお作り続けられているという。

広い敷地内に屋内外合わせて約40点の彫刻(屋外は赤い丸で表示)が設置されている。
広い敷地内に屋内外合わせて約40点の彫刻(屋外は赤い丸で表示)が設置されている。

 安田さんの作品は、北海道をはじめ全国各地に、いや世界各地に設置されているので、目にしている人も多いはず。代表作のひとつ「妙夢(みょうむ)」は、JR札幌駅西コンコースや六本木の東京ミッドタウン、イタリアのピエトラサンタ駅前にも設置され、安田さんを象徴する作品といわれている。

 広い敷地内に設置されている彫刻は、屋内外合わせて約40点。全部見ようと思うとけっこうな時間が必要になるので、訪れる場合はゆったりとしたスケジュールを組もう。

「意心帰」。
「意心帰」。

 ここにある彫刻は触ってもいいそうだ。じかに触れて素材感やフォルムを感じ、作品と対話してエネルギーを感じ取ってもらうためだ。作品の素材は、主にブロンズか白い大理石の2種類。ここの「妙夢」はブロンズ製だ。一方、「天聖(てんせい)」「天モク(※モクはさんずいに禾)」といった作品は白い大理石で作られた彫刻である。この2作品に連なる水の流路や池にはイタリアから取り寄せた大理石の玉石が敷き詰められているが、緑色のコケひとつ生えておらず、完成から20年経つとは思えない美しさには驚くばかりだ。

いちばん奥が「天聖」、手前が「天モク」。水の流路にも白い大理石の玉石が使われている。
いちばん奥が「天聖」、手前が「天モク」。水の流路にも白い大理石の玉石が使われている。
池の中のブロンズの作品は、30周年を記念して期間限定で展示されている「天聖」「天モク」。
池の中のブロンズの作品は、30周年を記念して期間限定で展示されている「天聖」「天モク」。
「帰門」。
「帰門」。
「天翔」。
「天翔」。

 敷地内にある木造の建物は、炭鉱の閉山で子どもが減り閉校となった旧栄小学校。その校舎をギャラリーやミュージアムショップとして、体育館はアートスペースとして使っている。敷地内の少し離れた場所には雰囲気のいいカフェもある。

2階のギャラリーにも「風」「妙夢」「相響」「天秘」が。
2階のギャラリーにも「風」「妙夢」「相響」「天秘」が。
ギャラリーの「めばえ」。
ギャラリーの「めばえ」。
ギャラリーの「天モク」。
ギャラリーの「天モク」。

 訪れてみて感じたのは、公園とも自然の野原とも違う、安心感と居心地の良さ。「炭鉱で栄え、衰退していったこの土地の記憶、人々の思いを、場のエネルギーとして受け止める空間」であり、「全ての人が、無心に、自由に思い思いの時間を過ごすための芸術広場」として作られたというのも納得だ。彫刻を見て触って何かを感じた後は、ここで一日ボーっとして過ごせたら…そう思わせるすてきな場所だった。

2階ギャラリーから眺める庭。
2階ギャラリーから眺める庭。

「炭山の碑」「炭鉱メモリアル森林公園」もお見逃しなく

我路ファミリー公園の「炭山の碑」。
我路ファミリー公園の「炭山の碑」。

 安田侃さんの作品は、彫刻美術館の外でも見ることができる。「アルテピアッツァ美唄」から車で約5分の「我路ファミリー公園」にあるのは「炭山(やま)の碑」。美唄市の依頼で製作した作品で、高さ7mの3本の柱の先端が三方向の空を指している。自分の作品と向き合う時は作品の意味など考えず、ただ感じて作品と対話してほしいというのが安田さんの考えだが、この作品には明確な意図がある。炭鉱事故で犠牲になった労働者の慰霊と鎮魂なのだそうだ。3本の柱は、地中に眠る死者の魂へ空気を送るために、あるいは魂が地底から家族の元へ帰れるようにと天空へと伸びているのだ。

炭鉱メモリアル森林公園の「妙夢」。
炭鉱メモリアル森林公園の「妙夢」。
炭鉱メモリアル森林公園の「意心帰」。
炭鉱メモリアル森林公園の「意心帰」。

 「炭山の碑」からさらに車で5分行くと、オレンジの大きな鉄塔のようなものが2基、見えてくる。旧三菱美唄炭鉱の「立て坑(こう)巻き揚げやぐら」である。ここはいま、「炭鉱メモリアル森林公園」となっていて、やぐらのほかに、設備機械の電源を管理していた「開閉所」、石炭を貯蔵していた「原炭ポケット」が残っている。安田さんの作品は、それらの遺構と呼応するように3点(「妙夢」「吹雪」「意心帰」)設置されている。この公園は、ディストピア小説にでも出てきそうな雰囲気のある場所だが、道路からのアクセスが非常に分かりづらい。「たどり着くことも楽しんで」と言われているようだ。

炭鉱メモリアル森林公園の「吹雪」。
炭鉱メモリアル森林公園の「吹雪」。
旧三菱美唄炭鉱の立て坑巻き揚げやぐら。
旧三菱美唄炭鉱の立て坑巻き揚げやぐら。

 ※今年で30年を迎えたアルテピアッツァ美唄では、9月26日(月)まで、安田侃彫刻展「時に触れる」を開催中。安田さんの新作を含む彫刻作品を屋内外に展示している。入場は無料。

「焼きとり たつみ」の焼き鳥。量が多いのが「もつぐし」。右端の白っぽいのが「精肉」。
「焼きとり たつみ」の焼き鳥。量が多いのが「もつぐし」。右端の白っぽいのが「精肉」。

 美唄で夕食の時間となった時、絶対的におすすめされたのが焼き鳥だ。なんでも美唄の焼き鳥は「日本7大やきとり」のひとつだとか。昭和の時代、炭鉱労働者の栄養源として好まれた「美唄やきとり」は、頭の先から内臓に至るまで余すところなく味わうのが特長だ。向かったのは有名店の「焼きとり たつみ」。「美唄やきとり」は大きく「精肉」(むね肉)と「もつぐし」(もも肉、内臓、皮)の2種類。それぞれの肉の間には北海道タマネギが挟んである。う~ん、確かにうまい! 塩とコショウというシンプルな味付けながら、素材の味が堪能でき、焼き加減も絶妙だ。「もつぐし」には、レバー、ハツ、砂肝、セセリ、きんかん、玉道などさまざまな部位が使われていると聞いて少し心配だったが、1本でいろんな味が楽しめるのはいいものだ。すっかり「美唄やきとり」のファンになってしまった。

旅の終りに

日本一長い直線道路の一方の終点が美唄にあった。
日本一長い直線道路の一方の終点が美唄にあった。

 2022年の夏、私は空知を旅した。3日間という短い日数だったが、駆け足でいろいろな所を回った。人の多いメジャーな観光地がほとんどなかったためか、居心地のいい落ち着ける場所が多いなというのが、全体的な印象である。混まない、渋滞しない、並ばない。だけど見ごたえがあったり、居心地がよかったり――落ち着いた旅をしたい人にとっては最高ではないだろうか。

美唄で見かけたのどかな田園風景。
美唄で見かけたのどかな田園風景。

 北海道は広い。そして空知も広い。今回、訪れることができたのはほんの一部だ。時間が足りなくて、知名度の高い夕張などは訪れることができなかった。また、1泊した「芦別温泉スターライトホテル」で見た星空など、素晴らしかったが記事では触れなかった場所もある。

「芦別温泉スターライトホテル」で生まれて初めて星景写真に挑戦。天の川が撮影できた。
「芦別温泉スターライトホテル」で生まれて初めて星景写真に挑戦。天の川が撮影できた。

 「当たり」が多かったことからすると、たぶん、空知には居心地のいいお店や意外な観光ポイントがもっともっとあるはずだ。次に来るときは、もっとのんびりゆったりしたスケジュールで、ほんわりと空知を楽しみたいというのが正直な気持ちだ。人気が出て混むといやなので、空知の魅力は、くれぐれも他の人には教えないよう、お願いします!

(OVO編集部K)