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障害のある人もない人も「やってみなはれ」 知的障害のある社員が出身高校で自らの体験を発表

 毎年9月は障害者雇用支援月間だ。障害のある人の雇用の場は年々増え、民間企業が雇用する障害者の数は61.4万人(2022年6月1日基準、障害者白書)。政府は「障害の有無により分け隔てられることのない共生社会の実現」を進めている。

 障害のある社員は何を考え、一般社員とどう関わっているのか。事業者の配慮や環境整備は——。雇用の場のリアルを知るため、ある事業所に勤める障害のある社員と一般社員に会った。

出身校で発表するサントリービジネスシステム社員の林直弥さん
出身校で発表するサントリービジネスシステム社員の林直弥さん

 

 1学期の半ば頃、大阪府立松原高校である発表授業が行われていた。卒業生が出身校に戻って自身の体験を発表するサントリーのグループ会社が行う出張授業「やってみなはれ」教室だ。登壇者は、知的障害の手帳を持つ19歳の林直弥(はやし・なおや)さん。同じく障害者手帳を持つ出身校の後輩たちが耳を傾けている。

サントリーの知的障害者雇用の始まり

 「とりあえずやらせてみる」。創業者の鳥井信治郎がことあるごとに口にしたという「やってみなはれ」のチャレンジング精神は、創業から100年経ってもサントリーのDNAとして生き続けている社風だ。

 サントリーが、多様な人材を活かしてイノベーションを起こすダイバーシティー経営にかじを切ったのは2011年のこと。2015年には知的障害者の雇用にチャレンジした。初めはコピーなどの軽作業を頼むだけだったが、「やってみなはれ」の精神が発動。「とりあえず少しずつやらせてみたら、できないと思ったけれど意外にできるかもしれない」と気付いた。

 2018年、彼らを本格稼働させるための部署として、サントリービジネスシステムにコラボレイティブセンターを設立した。同センターのセンター長である木村彩さんは、こう説明する。

 「ここは障害のある方がいる会社ということではなくて、(グループ各社の)人事総務のオペレーション部門、経理、営業のサポート部門みたいな会社。そこに、知的障害の手帳を持っている人たちに集まってもらい、一般の社員と一緒に同じ場所で働いてもらっています」

 23年4月現在、東京、大阪などのオフィスで38人の知的障害のある社員が働いている。

大阪オフィスで働くコラボレイティブセンターの社員(写真提供:サントリー)
大阪オフィスで働くコラボレイティブセンターの社員(写真提供:サントリー)

 

障害のあるなしに関わらず、共に学び遊ぶ

  中学校を卒業した知的障害者の進路には、高校と特別支援学校とがある。林さんは2019年4月、府立松原高校に進学した。同校には通級指導である自立支援コースが設置されている。支援の必要な生徒(支援生)がクラスに所属し、生徒の状況に応じてクラスでの授業と個別の授業を組み合わせた教育を実施するというものだ。70年代から障害者と共生するインクルーシブ教育に取り組んできた同校は、知的障害のある生徒を各学年4人ずつ受け入れている。

 自ら希望したとはいえ、林さんは障害のない生徒と一緒の教室で学ぶことに不安もあった。

 「小学生の頃から勉強も授業も苦手。成績も良くなかった。でも真面目な友達がたくさんいて、高校3年の頃、友達が放課後残ってテスト勉強や課題研究の発表練習などを頑張っていた。私も友達のように取り組みたいと思い、放課後残って一緒に勉強。その結果、成績もかなり上げることができました」

 最大の不安は、障害のない級友たちと「仲良くできるか」だった。松原高校では、支援生を中心に据えて交流する「仲間の会」という生徒の自主活動が盛ん。

 「放課後にゲームをしたり、夏休みは夏合宿に行ったり。楽しいことをたくさんしました。そのおかげで友達を作ることができ、クラスメートとも仲良くなれました」

大阪府立松原高校
大阪府立松原高校
後輩に話しかける林さん
後輩に話しかける林さん

 

自分にとっての「働きやすい」を探す

  支援生には、授業の一環として事業所などで実習を行う「職場実習」という制度がある。生徒側は同職場での職務に適応し、事業所側は生徒の適性を見極めることが目的だ。林さんは高2の時に、電気機器メーカーで職場実習を行なった。

 「パソコン業務や封筒のシール貼りなどを行いました。仕事は難しくなかったのですが、実習先の人に“もっと丁寧に作業するように”と言われて、とても悔しい気持ちになりました。基本一人で仕事することが多く、周りの社員は30、40代。自分と同じくらいの子が一人もいませんでした。自分にとっては難しい場所だと思いました」

 2社目の実習先が、サントリービジネスシステムだった。

 「POP(ピーオーピー)カットや梱包作業、社内のメール便など、いろいろな仕事をしました。印象的だったのは、4人の先輩がチームで仲良く楽しそうに仕事に取り組んでいたこと。それを見て、すごく働きやすい環境だと感じました」

自分の挑戦「やってみなはれ」を発表する生徒
自分の挑戦「やってみなはれ」を発表する生徒

 

職場での「できる」を増やしていく

  22年2月に松原高校を卒業し、同年4月にサントリービジネスシステムに入社した。今年で入社2年目だ。

 希望する会社に就職できたものの、不安は拭えなかった。

 「ちゃんと一人で行動できるだろうか、誰かの足を引っ張らないだろうかと、いろいろ不安なことがありました。でも、会社の先輩やスタッフがサポートしてくれたので、不安は少しずつ抜けていきました」

 得意な仕事も増えた。スーパーの売り場などで使用される掲示物を切るPOPカットには自信がある。最近ではパソコンを使った入力作業、各地のスーパーで撮影された画像の中から、特定の商品画像を抜き取って整理する作業なども行なっている。毎週一人で工場に出向き、資料をデータ化する重要な業務も任された。一般社員と一人でコミュニケーションを取らなければならず、知的障害のある社員にとってはハードルの高い任務だ。

 職場でのさまざまな経験から、「仕事をした後に必ずチェックをすること」を大切にするようになった。

 「入社したての頃は、仕事を早く終わらせることだけを考えていました。ですが、早く仕事を終わらせることができても、チェックを行えていなかったり、丁寧に行えていなければ、仕事が完了したことにはならないと気付きました」

オフィスでPOPカットを行う林さん(写真提供:サントリー)
オフィスでPOPカットを行う林さん(写真提供:サントリー)

 

過度な配慮は不要、障害のある社員との関わり方

 コラボレイティブセンターのセンター長の木村さんが、職場の様子を聞かせてくれた。「いろんな部署からのいろんな依頼を見ながら、自分で手を挙げて、“やってみたい”という仕事を割り振っています。直弥もいろんな仕事にチャレンジしてくれて。得意だから、“次来たら、この仕事必ず僕に下さい”とか、うまくいかなかったので“リベンジで頑張る”という子もいます」

 障害のある社員への配慮は。「決して甘やかすではなく、“今回はこれでいいけど、次からはもっとまっすぐ張り付けてくれないと困るからね”とか、逆に“すごく良かったので次回も頼むから、もっとスピードアップしてやってね”と言って励ます。過度な配慮じゃなくて、ごく普通に交わっていけることがベストです」

 とはいえ、知的障害は目に見えないため、「どうしてあげたら良いのか分からない」と戸惑うのも仕方ない。一般の社員とできるだけ自然な形で交われるよう、工夫もしている。知的障害のある社員が先生になって、一般の社員にセンターの仕事を体験させる取り組みだ。「もっとこうしてくださいと指導しています。厳しく品質もチェックしながら。直弥と話したら、障害とかじゃなく、直弥のかわいらしいところや、クセの強さみたいなことも分かる。そういう活動を通じて、壁が取り払われていくのを実感します」

  まずは「触れ合う、接点を持つ」。そこから一般の社員もいろんなことを感じるという。「彼らが真面目に働くので、“身が引き締まりました”と語る社員もいます。子育ては、育てているつもりで、実際は子どもから教わることがたくさんある。一般の社員も、いざ一緒に働き始めたら彼らの方が優れていることもたくさんあるので、お互い刺激を受け合っているんです」

職場での様子をスタッフと一緒に発表する林さん(右)
職場での様子をスタッフと一緒に発表する林さん(右)

 

障害者が定年まで活躍できる会社に

  コラボレイティブセンターの未来は——。センター長の木村さんの意識は、若い社員の「働きがい」に向いている。「まずはできることを広げる。得意なことを一つでも増やしていく。障害特性によっては、途中でしんどくなることもあり得るけれど、そうであれば、次のやりがいをどう見つけていくか。われわれも試行錯誤しながら考えています」

 グループ各社からの受託を増やしていくことは、スタッフの「使命」だと腹をくくる。

 「どのような状況になっても、この子たちができる仕事、選択肢を広げておくこと。彼らがいくつになっても、次のステップを見つけられるように」

 職場の環境整備についても聞いた。「彼らが定年する日まで、“求められて働いている”と思いながら気持ち良く定年退職できるようにするために、今何をするべきかをすごく考えます」

 人事異動もあるし、今のスタッフが彼らの退職を見届けることはできない。「彼らが最後まで活躍し続けられるセンターであってほしい。誰がセンター長やスタッフになっても、彼らが当たり前に安心して働ける会社にならないといけないと思っています」

コラボレイティブセンターセンター長の木村彩さん
コラボレイティブセンターセンター長の木村彩さん

 

後輩たちへ、もっと「苦手へのチャレンジ」を

  「人と比べるのではなく、過去の自分と比べること」

 林さんは自らの「やってみなはれ」を、こう発表した。同期と比べて「覚えるスピードが遅い」と悩んでいた林さんに、上司がくれたアイドバイスの言葉だ。

 「人と比べることが完全になくなったわけではありませんが、今は周りをあまり気にせず、自分なりに頑張れています」

 最後は後輩たちへのメッセージ。「苦手なことにチャレンジすること」を訴えた。

 「チャレンジして失敗をすることがこれからあるかもしれませんが、失敗したことは悪いことではないので、気持ちを切り替えることが大事」

 「チームを大事にすること」も強調した。林さんは現在、知的障害のある社員8人のチームで働いている。

 「チームには、パソコンが得意な先輩や手先が器用な先輩がいます。それぞれ得意なことが違うおかげで、チームになった時に力を発揮します。これから就職を控えている人もいると思いますが、社会人ではチームワークがとても大事なので、学生のうちにチームワークを身に付けるようにしてください」

 発表を終えると、「自分も挑戦したい」と気持ちを奮い立たせた後輩たち、固唾(かたず)をのんで見守っていた教員たちが、林さんを取り囲んだ。大役を終え、出身校に戻った安堵(あんど)感が一気に広がったようだ。林さんも緊張が解け、笑顔になった。

 来年で20歳になる林さん。最初に飲みたいお酒は「ビール」だという。センター長の木村さんがニコニコと打ち明けてくれた。「お酒が飲めるようになったら一緒に飲みに行こうねって、みんな(一般社員の大人たち)待ち構えているんです」

林さんが後輩たちに送ったメッセージ「苦手なことにチャレンジすること」
林さんが後輩たちに送ったメッセージ「苦手なことにチャレンジすること」