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【コラム】孤独と苦しさが出会う魔法 映画『パリタクシー』

(C)2022 - UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMS PRODUCTION
(C)2022 – UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMS PRODUCTION

 家を引き払って施設に入所する高齢の女性が、一人でタクシーに乗る。施設に向かう道すがら、ちょっと遠回りをお願いして思い出話。先を急ぐ運転手は、初めはぶっきらぼうだが、次第に話に引き込まれ、目的地に着く頃は家族のような思いを抱くようになっている。高齢者の孤独と、戦争を生き抜いた彼女の悲しく苦く、そして甘い回顧、生活苦でいら立つ運転手の心の機微、そしてパリ市内を走るロードムービーとしても鑑賞できるとびきりの作品だ。『パリタクシー』が4月7日に公開される。

 「どうしてそんな風にうるさくクラクションを鳴らすの?」。冒頭、イライラしながら迎えに来たタクシー運転手に言い放つリーヌ・ルノー演じるマドレーヌの毅然(きぜん)とした姿。目的地は「パリの反対側じゃないか」。「そうよ、近い所ならタクシーなんか呼ばないわ」。この軽妙なやり取りにあっという間にひきこまれていく。

 やれやれといった面持ちで彼女を乗せるタクシー運転手、シャルルを演じるのは、名優ダニー・ブーン。下手な運転手相手に「おい!なにやってんだ」と悪態をつきまくるその独特のリズムに、観客はしっかりパリのタクシーに乗車した気分に。

 マドレーヌがたどる思い出は、米兵との恋愛、悲しい結婚生活と戦争を生き抜いた彼女の喜怒哀楽が詰まった92年。生活苦でパリ市内を走り回るだけの日々にうつうつとしているシャルルは、見慣れたはずのパリの町並みの中に、次第にマドレーヌの心の痛みを共有していくようになる。施設に入っていくマドレーヌの後ろ姿を見送るシャルルは、精いっぱい人生を生きた高齢者が施設で感じるであろう孤独や諦めの気持ちを十分に想像しながらも、おそらくわれわれの多くがどうすることもできずに立ち止まっている、理不尽をただ眺めるしかないという哀しさを代弁している。

 クリスチャン・カリオン監督とダニー・ブーン。この二人の名前が並んでいるだけでまず見たくなったのは、『戦場のアリア』を思い出したからだ。第一次大戦の最前線の塹壕戦で、実際に起きたクリスマス休戦。何度見てもこみ上げるものがある作品を創ったこの二人に、94歳のリーヌ・ルノーが更なる存在感を加えている。結末も、言うまでもなく極上。マドレーヌの孤独とシャルルの苦悩が出会ったことで生まれた魔法を目撃できる。もう一度見たいと思わせる久しぶりの作品だ。

text by coco.g