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タマネギと長ネギに負けた尹政権 【平井久志✕リアルワールド】

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 韓国で4月10日に総選挙(300議席)が行われ、政権与党の「国民の力」系は108議席にとどまり惨敗した。最大野党の「共に民主党」系は単独過半数の175議席を取って第1党の座を引き続き確保、比例区だけに候補を立てた曺国(チョ・グク)・元法相の新党「祖国革新党」は12議席を獲得し台風の目となった。

 この総選挙は尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の中間評価だったが、「政権審判」と「野党審判」の戦いになり、尹政権に厳しい審判が下された。残り任期3年の政権運営は極めて困難になった。

 しかし、ひどい選挙だった。与党は「前科者を国会議員にするな」と叫び、野党は「大統領夫人を法廷に立たせろ」と訴えた。政策論争は後回しになり、与党も野党も相手陣営への罵倒と人身攻撃に終始した。

 今年初めの選挙情勢は、与党と野党の支持はほぼ拮抗(きっこう)していた。だが、釜山遊説中の「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表が1月2日に暴漢に襲われ、刃物で首を切られた。野党に同情支持が集まるかと思った。李氏は最初に搬送された釜山大病院で手術を受けず、ヘリコプターでソウル大病院へ移送。「地方大学の医療水準を軽視した特別待遇だ」と、世論の李氏に対する風当たりが強まった。

 一方で、尹大統領の妻、金建希(キム・ゴンヒ)夫人のスキャンダルはいまだ尾を引いている。金夫人は2022年9月に、ある牧師からディオールの高級バッグを受け取る様子が隠し撮りされた。牧師が仕組んだもので昨年11月にネットメディアが公開されると、金夫人に対する非難が広がり始めた。世論はブランドバッグを受け取った金夫人を問題視、金夫人の釈明と尹大統領の謝罪を求める声が高まった。

 尹政権は2月6日に、25年から全国の医学部の定員を3058人から5058人へと2千人増員すると発表した。「大韓医師協会」など医師側は強く反対したが、世論は医師不足解消のために強い姿勢を示した政府を支持、尹大統領の支持率が上向いた。

 しかし、各病院の研修医の大半が病院を離れ、医療の混乱が長期化すると、強硬一辺倒で事態解決に動かない尹政権への不満が大きくなっている。

 そうした中で、曺・元法相は3月3日に新党「祖国革新党」を立ち上げた。曺氏は、子どもの不正入学疑惑に絡み公文書偽造・同行使罪や業務妨害罪などに問われ、ソウル高裁で2月8日に懲役2年、追徴金600万ウォン(約67万円)の有罪判決を受けたばかりだった。それでも曺氏は「政権審判」を訴えた。「共に民主党」代表の李氏に不満を持つ野党支持の有権者が一気に、この新党支持へ回った。日本で「タマネギ男」と呼ばれた曺氏の政権への報復戦が、有権者から一定の支持を得た。

 尹大統領は3月18日、ソウルの大型スーパーを訪問した。スーパーでは3日間の特別セールで長ネギ1束を875ウォン(約100円)で販売していた。大統領は長ネギを手に取り「私も市場によく行くけれど、長ネギ1束875ウォンなら合理的な値段だ」と述べた。当時の長ネギの一般的な値段は約3千ウォン。「市民の生活を知らない大統領」という批判が広がり、長ネギがアンチ尹大統領のシンボルになった。

 韓国総選挙は終盤戦で「タマネギ男」の報復攻撃と、尹大統領の「長ネギ」失言で、保守勢力が支持を失っていった。韓国でタマネギは「ヤンパ(洋パ)」、長ネギは「テパ(大きなパ)」というが、「パ(ネギ)」の力は尹大統領を一気に苦境に陥れた。ネギを侮るなかれ。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 17からの転載】

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平井久志(ひらい・ひさし)/共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞、朝鮮問題報道でボーン・上田賞を受賞。著書に「ソウル打令 反日と嫌韓の谷間で」(徳間文庫)、「北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ」(岩波現代文庫)など。