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目指したのは「コシヒカリを超えるおいしいお米」! この秋、本格デビューする秋田米「サキホコレ」とは?

ph1 サキホコレ

 あなたは、お米をどんな基準で選んでいるだろうか。値段? 味? ブランド? もし、「とにかくおいしいお米を食べたい!」というのなら、耳寄りなニュースがある。この秋、米どころ秋田県から、「おいしさに自信あり」のお米が本格デビューするのだ。その名は「サキホコレ」。あのコシヒカリを超えたという声も聞く「サキホコレ」とはいったいどんなお米なのだろうか。

米どころ秋田の最上位品種

 秋田県は、お米の都道府県別生産量で(新潟県、北海道に次いで)3位の米どころ。雪が多く雪解け水が豊かなことと、夏の気温が高くなりすぎない冷涼な地域で、昼と夜の寒暖差が大きいことから、イネの成長に適した土地柄だといわれている。秋田の有名なお米といえば「あきたこまち」。『品種別作付けランキング』(令和3年産水稲うるち米、米穀機構調べ)でも4番目の作付け面積となっている。そんなブランド米がありながら、なぜ新しい品種を開発したのだろうか。秋田県東京事務所の下橋郁朗 主任に「サキホコレ」の秘密を語っていただこう。

 「秋田県では以前から、もう一つの軸となる新しいブランド米を作りたいと考えていました。『サキホコレ』は『あきたこまち』と並ぶ目玉商品にしたいと考えています。『あきたこまち』と入れ替えですかとよく言われるんですが、そうではありません」

 下橋さんによると、市場流通する秋田米をピラミッド構造で考えると、一番下の段が外食産業の大手チェーンなどで使用する業務用米やエコノミー米。「あきたこまち」は、一般消費を狙う中段の分厚い部分にあたるメイン商品だ。そしてピラミッドの一番上に「サキホコレ」や特別栽培などこだわりの作り方をしている「あきたこまち」などのプレミアムなお米が位置しているという。つまり、さまざまな消費動向や業態に対応できるように幅広なジャンルの秋田米を用意していきたいというのが狙いのようだ。

米どころ秋田県。
米どころ秋田県。

 秋田米の最上位に位置するというサキホコレが目指すところをうかがった。

 「開発のコンセプトは『コシヒカリを超える極良食味品種』です。今は食味にこだわる時代。高くてもおいしいものを食べたいという層が一定数いらっしゃると思います。高いからおいしいはず、ではなくて、これだけおいしいからこれぐらいの値段がするのは当然というお客様にも評価していただけるようなお米です。令和3年度の先行販売では、2kg袋で1,200円程度で販売されました。一般コシヒカリ程度の価格を目安にしています」

 要するにおいしさを前面に打ち出したお米ということのようだが、具体的にどういう個性を持つお米なのか。

 「食味は複数の審査員の実食による食味官能試験で判断されますが、評価軸は、外観・香り・味・粘り・柔らかさ・総合の6つ。サキホコレは、各項目が高水準にバランスが取れており、①白さとツヤが際立つ外観、②粒感のあるふっくらとした食感、③上品な香りとかむほどに広がる深い甘みが特長です。『あきたこまち』と比べると、やや柔らかめ。粒が結構大きくて上品な香りが魅力です」

秋田県農業試験場生産力検定試験(平成28年~令和2年) ※外部委託による食味官能試験
秋田県農業試験場生産力検定試験(平成28年~令和2年) ※外部委託による食味官能試験
サキホコレは白さとツヤが際立つ外観で粒が大きめ。
サキホコレは白さとツヤが際立つ外観で粒が大きめ。

 食味官能試験(外部委託)で比較対象となった基準米は、「当該年の複数産地のコシヒカリのブレンド米」。6項目すべてにおいて基準米、つまりコシヒカリを大きく上回っているのは驚きだ。昨年は先行販売ということで何のコマーシャルもしないまま一部で売り出してみたところ、東京の三越ではすぐ売り切れてしまい、客の評価も上々だったという。秋田県が行った消費者アンケートでは、89%が「とてもおいしい」「おいしい」と答えている。

12万株の中から選抜された、良食味で栽培特性も優れた品種

食味にこだわって開発されたという「サキホコレ」は、完成に9年を要したという。開発の概要や、その間のエピソードなども聞いてみた。

 「新品種の開発事業がスタートしたのは2014年ですが、まず、コシヒカリに並ぶ食味のコメを作りましょうという目標が最初にありました。県の農業試験場ではそれ以前から品種交配を行って候補の用意はしていましたので、2010年に交配を始めて2014年時点で4世代目になっていた800のサンプルから、良食味の80系統を選抜しました。それを3年かけて5系統まで絞り、交配から9年目の2018年、12万株の中から最終的に選ばれたのが秋系821(サキホコレ)です。

 食味試験を行うのは、基本的に農業試験場内の研究員ですが、大量の候補の中から選抜するため、たくさんのサンプルを食べる必要があります。食べる量が増えて体重が増えたり、血糖値が上がったりという職員もでてきたりして、結構大変でした(笑)」

食味官能試験のイメージ。
食味官能試験のイメージ。

 完成までにかなりの食味チェックが行われたようだが、おいしいお米を開発するのなら、例えば、あきたこまちとコシヒカリをかけ合わせてしまえば、簡単にすごい品種が出来るような気もする。だが、実際はそんな単純な話ではないと下橋さんはいう。美男・美女の子どもが必ずしも絶世の美男・美女になるわけではないのと同じことかもしれない。サキホコレはどんな両親から生まれたのだろう。

 「『サキホコレ』の父親は、県オリジナル品種で大粒・良食味の『つぶぞろい』。母親は、愛知県が育成した、良食味でいもち病にもきわめて強い『中部132号』です。県農業試験場では、秋田の冷涼な気候に適応できるよう、東北地域内の品種同士を掛け合わせることが一般的でしたが、それでは大幅な食味の向上は望めないと考えた開発担当者は、栽培特性上のリスクはあったとしても、あえて温暖な地域で育成された良食味系統の『中部132号』を掛け合わせてみたわけです。選抜は食味最優先で行われたのですが、結果的に『サキホコレ』は『中部132号』と同様に、いもち病に強く、栽培試験における地道な選抜により、高温による品質低下が少なく冷害にも強いという、『あきたこまち』以上の優れた栽培特性も獲得していました」

 ちなみに、日本で作付けされているイネの『品種別作付けランキング』(2021年)のトップ10はすべて「コシヒカリ」およびコシヒカリ系で占められている。「サキホコレ」はコシヒカリ系ではないのか調べてみると、サキホコレの父親「つぶぞろい」の両親は、「めんこいな」と「ちゅらひかり」。それぞれ「ひとめぼれ」を親に持つ品種だ。「ひとめぼれ」の母親が「コシヒカリ」。だから、厳密にいえば少しだけ「コシヒカリ」の血が入っている。

おいしいお米を生み出す厳しい生産体制

 いい品種ができたからそれで万々歳!というわけでもないらしい。下橋さんは、おいしいサキホコレを供給するうえで、生産体制の管理が重要だという。

 「最上位のブランド米というからには、確かな品質で安定供給することが重要です。そのためサキホコレは、優れた特性を安定的に発揮できるように①気象条件を考慮して作付地域を限定、②生産者を限定、③品質・出荷基準を設定、④安全・安心のため農薬の使用成分回数を半減、と厳しい生産体制を敷いています。

 大変なのは農家さんで、例えば玄米タンパク質含有率は6.4%以下という出荷基準があります。おいしいお米はタンパク質含有率が低いからです。本来は収穫量を増やすために肥料をたくさんあげたいけれども、肥料をあげ過ぎると玄米タンパク質含有率は高くなってしまう。農薬の使用成分回数も従来の半分以下と規定されていますから、栽培管理が大変だと思います。技術のある農家さんじゃないと作れない品種です」

サキホコレは技術がある農家でないと作れない。
サキホコレは技術がある農家でないと作れない。

 技術のある農家をどうやって選び出しているのか、下橋さんに尋ねてみた。
 「たとえば農協さんでは、出荷や検査時に水分計や食味計によるデータも収集しています。食味計でいい数字をたたき出してる場合は、精算時に良食味加算というのをするところもあります。これらのデータは一等、二等、三等といった等級の判定には関係ないんですが、併せてチェックして記録しています。タンパク質が低く抑えられた良食味米を毎年継続的に作っている農家さんは、肥培管理(水や肥料のやり方など栽培に関するあらゆる管理)をしっかり行っている人といえます。ベテランだからではなく、客観的なデータを基に高品質・良食味の生産実績がある農家さんを選抜しています」

 限定された地域の選ばれた生産者が、厳しいチェックを受けて作るとなると、サキホコレの供給量はかなり少なそうだが、今年は4千トンぐらいの生産量を見越しているという。 最後に、下橋さんに「こんないいお米ができて大成功ですね」と言うと、意外な答えが返ってきた。

 「いえいえ。新しい品種の育種という概念でいえば成功なのかもしれませんが、本当の勝負は、デビューしてどれだけ流通し、どれだけ売れて、どれだけ食べていただけるか。それが実現して初めて成功といえるのではないでしょうか。販売事情がどうなってくるかというところはドキドキですよ。そこは行政や販売する団体の売り込み方にかかっています。食味の良さは食べてさえいただければわかっていただけると思います」

たわわに実ったサキホコレの稲。
たわわに実ったサキホコレの稲。

 開発中は「秋系821」と呼ばれていた新品種は、名前を一般公募した結果、国内外から約25万件の応募が寄せられ、知事による最終選考の結果、「サキホコレ」に決まった。「おいしいお米を育む秋田の『地力(ちりょく)』から生まれたこのお米が、誇らしげに咲き広がって、日本の食卓を幸せにしてほしい・・・」「生産者や消費者に明るい力を与えてくれるエールになれば・・・」。そんな願いが込められたネーミングだそうだ。

 また、パッケージは白地に「サキホコレ」と墨書したシンプルなもの。色や装飾をそぎ落とし堂々と米袋いっぱいに配された「サキホコレ」の文字は“米どころ”秋田が満を持して世に送る最上位品種への自信と誇りを表しているようだ。デザインしたのは、無印良品のアートディレクションなどを手がける原研哉氏だ。

 さらに、サキホコレのイメージキャラクターを務めるのは、秋田県出身のタレント壇蜜さん。この秋以降、テレビCMやイベントでサキホコレを全国にPRしていく予定だ。

サキホコレ(2kg)のパッケージ。
サキホコレ(2kg)のパッケージ。

待ち望まれる新しいスーパースター

 2022年、日本のプロ野球界では、ヤクルトスワローズの若き主砲・村上宗隆選手の活躍が大きな話題となった。王貞治氏の持つ日本人ホームラン記録を58年ぶりに塗り替え、過去7人しかいなかった三冠王を史上最年少で獲得した。久々に登場した打者のスーパースターである。

 お米の世界でも毎年、多くの新人がデビューしているが、 “お米の王様”コシヒカリの牙城を崩すお米はただのひとつも現れていない。なにしろコシヒカリは、1979年(昭和54年)から作付け面積1位をダントツの数字(2021年の作付割合は33.5%)で守り続ける、お米の世界の怪物だ。そんなお米の世界に今年デビューした、期待の超大型新人「サキホコレ」は、コシヒカリの次の時代を担うスーパースターとなれるのか? それを判断するのはあなたの味覚だ。「サキホコレ」のデビューは10月29日である。