カルチャー

【ラグビーW杯開催国、フランスを歩く】⑤  古代ローマ香るナルボンヌとカルカッソンヌ

城塞内から見下ろすカルカッソンヌの町。
城塞内から見下ろすカルカッソンヌの町。

 トゥールーズからスタートして、ニースやマルセイユ、トゥーロンなどを紹介してきた2023年ラグビーW杯開催国、フランスを巡る連載。5回目は、古代ローマの植民都市として紀元前からの長い歴史を持ちながら、近年はあまり注目されてこなかったスペイン国境近くの町、ナルボンヌと、中世の城塞都市として知られるカルカッソンヌだ。

ゆったりと静かなロビン運河。
ゆったりと静かなロビン運河。

 ナルボンヌは、カエサルとポンペイウスが争った共和制ローマの時代、ポンペイウス側についたマルセイユ(マッシリア)に対抗してカエサルがその足場として強化、発展した街だ。国連教育科学文化機関ユネスコの世界遺産にも指定されているロビン運河が街中を通り、13世紀に建てられたカテドラルや、現在は市役所として使われ、美術館なども入っているナルボンヌ宮と呼ばれる12世紀の石造りの建物がそびえたつ。人が少ない早朝に散歩すると、運河の水面に映る建物や市役所の前に残されたローマ時代の石畳の道、ドミティア街道の遺構、石壁にひびく自分の靴音にタイムスリップのひとときが過ごせる。

ナルボンヌ宮。
ナルボンヌ宮。

 サンジュスト・サンパスツールと呼ばれるカテドラルは、1272~1332年にゴシック様式で建てられたもので、聖堂内の一角にあるノートルダム・ド・ベツレヘムというチャペルの祭壇の彫刻は、14世紀のヨーロッパゴシックの名作といわれている。作品群は3段の帯状に分かれており、キリストの生涯を表したものや音楽を奏でる天使、旧約聖書に登場する預言者のほか、洗礼を受けなかった善人が住む天国と地獄の間にあるとされるリンボや、天国に入る前に清めを受ける場所、煉獄(れんごく)などが、繊細な彫刻で表現されている。だが実は、これらの彫刻はその上に新たに作られた装飾で何世紀にもわたって隠されていたものを19世紀になってから新たに発見。少しずつ現れた当初の彫刻の復元作業を1954年から始め、今見ることができる元の姿がすべて明らかになったのは1981年になってからだ。

修復されているチャペル祭壇の彫刻。
修復されているチャペル祭壇の彫刻。

 ナルボンヌのもう一つの楽しみはワイン。コスパが良いことで知られるラングドックだが、消費者にとっては積極的な要因でしかないこのワインの値段は、ナルボンヌのぶどう農家の歴史に哀しい物語を残している。19世紀に鉄道が敷設され輸送費が下がったのに加え、フィロキセラなどブドウの木の病気が追い打ちをかけた後、収穫量の多い品種による大量生産へと舵をきってワインの価格は暴落。1907年、ついに税金を払えなくなった生産者たちの大規模な暴動が起こっている。死傷者が出るほど激しい攻防だったこの時の苦難の物語は、カテドラル隣の広場に写真入りのパネルで説明されている。

 紆余(うよ)曲折の歴史を知ると、海との間に広がるぶどう畑は一段と豊かに見える。ここでワインを味わいながら休暇を過ごすなら、シャトー・ロスピタレを訪ねてほしい。目の前にブドウ畑が広がり、地元のワインと食事を楽しめるレストランがあり、プールがあり、スパがあり、そして観光地のホテルとは異なるとても静かな部屋で眠ることができる。ブドウ畑の横には、レストランで使う食材をシェフ自らが育てている畑もある。

 「静けさ、空気、鳥のさえずり、風。この環境の中で毎日仕事ができるなんて、誰よりも幸せだと思う。ちょっと用事があって町に出ると、すぐ戻ってきたくなる」と話すのは、このワインリゾートを運営するジェラール・ベルトラン氏。元ラグビー・フランス代表選手でもあり、世界一高価なロゼワインを作り出した、ラングドックワイン界のスーパースターでもある。交通事故で急逝した父親のブドウ園を継ぐため、ラグビーからワイナリーに仕事場を移した彼の、所有するドメーヌのほとんどがオーガニックの一種であるビオディナミ。ベルトラン氏の1本200ユーロ(約2万8千円)というスーパーなロゼワイン「クロ・デュ・タンプル」が作られているカブリエールは、ロゼワイン発祥の地ともいわれ、ここでできるロゼワインは太陽王と呼ばれたルイ14世も好んだと伝えられている。

海を向こうに見るベルトラン氏のぶどう畑。
海を向こうに見るベルトラン氏のぶどう畑。

 ブドウ畑の向こうに見える海に足をつけたくなったら、ベルトラン氏が運営する海辺のレストラン「ロスピタレ・ビーチ」へ。波打ち際の店まで広い砂浜を歩いていくその風景だけで癒やされる。冷たい野菜スープのガスパチョや牛肉のカルパッチョ、仔羊の串焼きやマグロのあぶり焼きにラングドックのワインを傾けながら、波の音に身を委ねる時間が待っている。

ロスピタレ・ビーチ。
ロスピタレ・ビーチ。
1本200ユーロのクロ・デュ・タンプルとベルトラン氏。
1本200ユーロのクロ・デュ・タンプルとベルトラン氏。

 ナルボンヌとトゥールーズの中間地点に位置するのが、欧州最古、最大の城塞都市であり、世界遺産にも指定されているカルカッソンヌ。3キロに及ぶ城壁に囲まれた中世の町だ。紀元前にはすでにあった砦(とりで)の跡にローマ人が城塞を築き、さらに13世紀に城壁を二重にして「難攻不落」の城に仕上げた。スペイン国境に近く、地中海と大西洋を結ぶ線上にあるという地理的な条件が、この場所を軍事的な要衝にしていった。かつては跳ね橋だったナルボンヌ門から城塞の中に入ると、歩いている人の服装を除いて他はすべて“中世”そのもの。歴代城主が住んだコンタル城や、ロマネスク様式とゴシック様式が混在するサン・ナゼール大聖堂などが見どころだ。

見張り塔がいくつも建つカルカッソンヌの城壁。
見張り塔がいくつも建つカルカッソンヌの城壁。
城塞の外側から見た見張り塔。
城塞の外側から見た見張り塔。

 ここまで足を伸ばしたなら、日帰りで通過してしまわずに、ナルボンヌのワインリゾート同様、中世の城塞都市で1泊してみたいもの。この城塞の内側にあるのが「オテル・ド・ラ・シテ」。窓を開ければ、一歩外に出れば中世の町。樹々に囲まれたテラスも、その向こうに広がるカルカッソンヌの町も、時間が止まったような絶景だ。

カルカッソンヌ城塞内の道。
カルカッソンヌ城塞内の道。
城塞内にあるオテル・ド・ラ・シテ。
城塞内にあるオテル・ド・ラ・シテ。

text by coco.g

 詳細な観光情報はオクシタニー地方観光局フランス観光開発機構のホームページで。