社会

ミャンマー、市民の抵抗のうねり 【舟越美夏×リアルワールド】

 「今、話す時間はあるかな」

 午後の遅い時間に、チャットアプリにメッセージが入った。Mだ。「よかった、生きてた」。思わずつぶやき、アプリのビデオ通話ボタンを押した。携帯電話のスクリーンに、元気そうなMの姿が映る。

 30代のミャンマー人で医師のMは、ミャンマー中部の町にいた。3年前にクーデターを起こした国軍と抵抗勢力が激しく戦う地域から戻ってきたところだという。ネットは不安定だが、会話には問題ない。

 「連日40度以上の暑さだけど元気だよ」。食事も大丈夫、と彼は続ける。それが本当かどうか分からないが、タイに避難していた時よりも彼は生き生きとしている。

 ミャンマー国軍は今、劣勢にある。昨年10月末に始まった少数民族武装勢力の連合軍の攻勢で、数々の基地を失い、離脱や投降する兵士が相次いだ。投降兵の中には、妊娠中の女性もいたという。

 軍事政権は劣勢挽回のために、徴兵制度を導入し、抵抗勢力が活発な地域を頻繁に空爆している。病院や学校がターゲットになり、小学校にいた子どもたち多数が犠牲になったこともある。

 医師は目立たない民家などで医療活動を行っている。「マラリアや肝炎がまん延しているけど、医薬品が全く足りないんだ」。国軍は道路を封鎖し、食糧や医薬品の輸送は「抵抗勢力への支援物資となる」として許可しない。そのため、国連の支援も届かないのだ。清潔な飲み水も入手できない避難民には、灼熱(しゃくねつ)の日々は厳しい。

 それでもMは「市民の抵抗の意志はこれまでになく高い」と断言する。米国やオーストラリアにいる若きミャンマー人医師たちがボランティアを希望して連絡してくるという。「軍事政権を終わらせるのは今しかない」。若者たちが口にするこのフレーズを、私は過去に何度も聞いた。それが今は「かなわぬ夢」ではなくなりつつあるのだ。

 急速に変化した状況の背景には、軍事政権と抵抗勢力の両方と関係を持ち、「一帯一路」構想を進める中国の存在がある。

 ミャンマーと中国・タイの各国境地帯では、コロナ禍以降、オンライン詐欺を行う犯罪組織が拠点を置き、莫大(ばくだい)な利益を上げている。中国市民に大きな被害が出たために、中国は軍事政権に取り締まりを要請したが、成果がなかった。そこで、「オンライン詐欺撲滅」を目標の一つに掲げ、蜂起を計画する少数民族武装勢力連合を中国は後押ししたといわれる。この蜂起で、他の少数民族武装勢力や民主派の武装組織も勢いに乗ったのだ。

 とはいうものの、懸念はいくつもある。国連によると、ミャンマー国内の避難民は300万人超。北西部に住むイスラム教徒少数民族ロヒンギャが国軍から徴兵されたり、一部の少数民族武装勢力から迫害されたりしていると、国連が非難した。

 こうした苦難は国際的には注目されない。Mら若い世代は苦悩しながらも前に進むことをやめないだろう。精悍(せいかん)な顔つきに変貌したMに「またね」と告げて通話を切った時に、そう確信した。

舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。